東海林のり子に病気や死亡説!ナウンサーから現場命の芸能リポーターへ

東海林のり子に病気や死亡説!芸能リポーターになるまでの経歴は?

東海林のり子に病気や死亡説!武藤まき子と間違えられた!

東海林のり子が、芸能リポーターとして、多くのワイドショーに出演して活躍してきたことを知らない人はいないでしょう。82歳となった今も元気に活躍していますが、2016年12月には、東海林のり子が病気で死亡したという噂が流れました。なぜ、そのような死亡説が流れたのでしょうか。それは、かつてフジテレビ系「おはよう!ナイスデイ」で一緒に芸能リポーターをしていた武藤まき子が急逝し、それを東海林のり子と勘違いした人がいたためでした。

武藤まき子が亡くなる前日、「体調を崩してダウンしている」というメールをもらっていたという東海林のり子。武藤まき子より11歳年上の東海林のり子は、「彼女ががんばっているから自分もがんばってきたのに」と、ショックを隠しきれない様子でした。

東海林のり子が芸能リポーターになるまでの経歴は?アナウンサーからの転身!

東海林のり子は、1934年5月26日生まれ。埼玉県浦和市の出身です。名門校として有名な埼玉県立浦和第一女子高校を経て、立教大学文学部英米文学科に入学しました。女優の野際陽子が立教大学の後輩で、2人に交流があることは有名で、英語劇で共演したこともあるそうです。1957年に大学を卒業した東海林のり子は、ニッポン放送に入社。1971年に退社するまではアナウンサーとして働いていました。

同期には、現在フジテレビのアナウンストレーニング講座で特別講師をしている山田祐嗣や枇杷阪明(びわさかあきら)などがいます。ニッポン放送退社後は、フリーの芸能リポーター、事件リポーターとして活躍するようになった東海林のり子。「現場の東海林です」が決まり文句のリポーターとして、イメージが定着していきました。

東海林のり子の宮崎勤発言の真相!バンギャぶりが熱かった!

東海林のり子の宮崎勤発言の真相!全くのデマだった!?

東海林のり子には、「10万人の宮崎勤」という問題発言をしたとされる噂話があります。1989年、東京・埼玉連続誘拐殺人事件の犯人である宮崎勤が逮捕された直後に、TBSの番組でコミックマーケット36会場のリポートをしていた東海林のり子が、「ここに10万人の宮崎勤がいます」と発言したとされるものです。

いわゆる東海林のり子の宮崎勉発言ですが、本人は、「こういう発言はしていない」とキッパリ否定しています。実際に、その時の動画にも該当するようなシーンはありません。また、当時担当していたのはフジテレビの番組だったことからも、宮崎勤発言に関しては、都市伝説に近い全くのデマだったと言えそうです。

東海林のり子のバンギャぶりが熱かった!ワイドショーでもX JAPAN取材を進言

東海林のり子は、「ロッキンママ」という異名を持つくらいのロック好き。X JAPANの熱狂的なファンとしても有名です。まだV系という言葉も定着していなかった1991年、「おはよう!ナイスデイ」のリポーターをしていた東海林のり子は、X JAPANを取材したいと提案しました。

しかし、番組関係者は、ワイドショーの視聴者は主婦層なので、ロックは否定されるかもしれないと反対。「絶対に取材したい」と粘り抜いた結果、取材を実現させたそうです。そのリポートでは、「X JAPANの追っかけリポーター、東海林です」と堂々発言しています。

もちろんロックバンドのライブにも頻繁に行っている東海林のり子は、ライブ会場で知り合う、ヴィジュアル系バンドの熱心なファン「バンギャ」ちゃんたちとの交流も盛ん。ライブに来るために、バイトしたり、お小遣いを貯めたりしている女の子たちが愛おしくなると言います。母親がライブに行くことを許してくれない子がいると、自宅に電話して母親を説得までするというから、かなりの熱さです。

東海林のり子82歳になった今も熱い!長寿の秘訣はバーガーと情熱!?

東海林のり子は、2017年3月24日に放送されたTBS「爆報!THEフライデー」にゲスト出演し、その健在ぶりを見せつけてくれました。長寿の秘訣はバーガーだと明かした東海林のり子。番組中で紹介されたロケVTRでは、「バーガーキング」に隔週で通い、通常サイズの1.5倍の大きさで、さらに肉を1枚プラスした巨大バーガーをワイルドにほおばる姿が!

東海林のり子は、結婚してから50年以上経つそうですが、「今も夫を支えることができるのは自分が健康だからこそ」だと言っています。そのためにも、1日に1食でも「よく食べた」という満足感を得ることが大切なのだとか。それにしても、80歳を超えて特大バーガーとは驚きです。

1995年に起こった阪神・淡路大震災の仕事を最後に、リポーターを辞める決意をした東海林のり子。現状が悲惨すぎて、「これ以上の現場にはもう立たないかもしれない」と思ったそうです。しかしその後、オウム事件や東日本大震災など、日本を揺るがすような大きな事件や災害が起こるたび、「リポーターを続けていればよかった」と思うことも何度もあったと言います。

そんな根っからの事件リポーターである東海林のり子が嘆くのは、最近のテレビ情報番組は独自ネタが少ないということです。曰く「テレビは、スポーツ紙やネットの情報を後追いしていて、現場取材にも熱がない」。今の時代、コンプライアンス規制の意識が高くなったこともあり、現場取材は穏便に済ませようという風潮があることは認めつつも、取材相手には愛をもって、とことん真相を追及しなければ良い番組は作れないと語っています。

今も不定期ながらリポーターの仕事を続けている東海林のり子には、テレビを元気にするために、まだ引退してもらうわけにはいきません。これからも特大ハンバーガーを頬張りながら、ますます元気にがんばっていただきたいですね。

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