太川陽介の嫁、子供は?再ブレイクした理由はその生き様にあった!

太川陽介の嫁や子供は?性格は徹底した亭主関白!?

太川陽介の嫁・藤吉久美子はバツイチだった!子供の中学校はどこ?

太川陽介が1995年に結婚した嫁は、女優・藤吉久美子です。藤吉久美子は、1992年に歌舞伎役者・坂東正之助と離婚したばかりでしたが、太川陽介とのおしどり夫婦ぶりは、たびたびみられる夫婦共演を見る限り、全く問題にならなかったようです。2人の出会いは、1994年のNHKドラマ新銀河「大阪で生まれた女やさかい」で、唯一同時出演するシーンの撮影が行われた日のことでした。

新大阪駅から東京まで藤吉久美子と一緒に帰ることになった太川陽介が、そのまま東京で食事に誘ったことが交際のきっかけだったそうです。子供は、2001年太川陽介42歳、藤吉久美子39歳の時に、長男・弘貴が誕生しています。長男は現在、中学2年生で、野球部に所属して青春真っ只中。ネットでは、子供の在学中学は、立教ではないかという噂もあります。高年齢での子供でもあり、離婚歴のある藤吉久美子にとっても第1子であったため、夫婦ともども子供のことは大変溺愛しているようです。

太川陽介の徹底した亭主関白な性格がまるで暴君!

太川陽介と藤吉久美子の仲睦まじさは、バラエティでも知られるところです。しかし実は、太川陽介は亭主関白だと言われており、結婚前の記者会見でも亭主関白宣言をしていたくらいです。そんな太川陽介は、大女優・藤吉久美子を「キミ」と呼び、彼女のほうは敬語で話さなければなりません。もちろん家庭での食事の主導権を握っているのは太川陽介。家族で焼肉を食べに行った時には、メニューを見ることができるのは太川陽介だけですし、食事前、藤吉久美子は必ず「いただいていいですか?」と断りを入れなければならないそうです。

この他にも、太川陽介が話している時には、藤吉久美子は言葉を発してはならない、藤吉久美子の就寝時間は太川陽介が決めるなど、徹底した亭主関白ぶりが明らかになっています。そこまで統制しておいて、「1人になる時間が必要」と振り回されたら、嫁としてはストレスが溜まりますよね。藤吉久美子は「1人カラオケ」でストレス解消に努めているそうですが、こんな圧政に耐えられるのも、太川陽介には亭主関白な性格以外、いいところが他にたくさんあるからでしょうね。

太川陽介が再ブレイクした理由はその生き様にあった!蛭子能収の言動にイライラ?

太川陽介が再ブレイクした理由はその生き様にあった!40~50代にとってルイルイとは?

太川陽介が50歳を超えたここ数年、”ルイルイおじさん”として再ブレイク中です。1977年のアイドル全盛期に、レコード大賞新人賞に輝いた若い頃の太川陽介も、NHK「レッツゴーヤング」の司会を7年務めるなど、有名番組のレギュラーを多く持つ”数字が取れる男”でした。特にインパクトが強かったのは「太川陽介=ルイルイ」。当時の太川陽介は、このキャッチフレーズの意味が分からず、大嫌いだったそうです。

やがてアイドル時代が過ぎて、テレビから見放されたように沈んだ生活を送っていた太川陽介が、再び大嫌いだった”ルイルイ”で再起。多くの40~50代が、太川陽介の生き様に「自分もまだいける!」と魅せられてか、再ブレイクの波がやってきたのです。またアイドル全盛期の”ルイルイ”を知っている女性たちは、太川陽介が、一途に嫁・藤吉久美子を大事にしていたり、子煩悩だったりすると、応援したくなってしまうようです。

太川陽介が再ブレイクした「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」で蛭子能収の言動にイライラ?

太川陽介のテレビ出演は、2007年から始まった「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」における、蛭子能収とのコンビで話題になってから急増しました。特に、「旅館に泊まりたくない」「休憩したい」とわがまま放題の蛭子能収に対する温厚さや、時には蛭子能収を愛情たっぷりにいじる掛け合いが人気です。

芸能界で、ここまで蛭子能収をうまく操ることができるのは太川陽介をおいて他にいないと専らの評判。しかし太川陽介とて人間。実は、蛭子能収の無神経な言動には、収録前日から憂鬱になるほどに毎回イライラしているのだとか。最もイライラしたのは、太川陽介がバス停の名称を忘れてしまうという痛恨のミスを犯した時に、「え~!信じられない、リーダーなのにさあ」と、自分を棚に上げてバカにされた時でした。

こういう時、太川陽介はひたすら時間の経過を待って、怒りを沈めてきたそうです。しかし今では、「そういう部分も含めて蛯子さんはかわいい」と言えるまで達観しきったようです。

太川陽介の再ブレイクが止まらない!映画「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」初の海外ロケ!

太川陽介の”ルイルイおじさん再ブレイク”という現象は、40~50代にとって懐かしさを覚えると共に、希望のタネであることは間違いないでしょう。1970~1980年代のアイドルの多くが、時代の流れに淘汰されて「あの人は今」になってしまった中、太川陽介のように見事に再起できるケースはごく稀なのではないかと思われます。

藤吉久美子との仲睦まじさや、蛭子能収という魑魅魍魎を上手に転がすコミュニケーション力からは、幼い頃から芸能界で揉まれ、不遇の時代をも耐えてきた太川陽介の人間性がうかがえます。一方で「ワガママすぎる亭主関白」「実は蛭子能収にイライラ」という完璧すぎない人間味が、いい塩梅で好感となっているのではないでしょうか。幼い頃から芸能界に染まり、アイドルで全盛した時代があると、威丈高になりがちな印象があります。

しかし、疎ましく思っているはずの蛭子能収の靴底がパカパカと捲れているのに気付いた時には、黙ってカバンから接着剤を取り出してきたというエピソードからも分かるように、太川陽介には、いい意味で”芸能人らしさ”がないのです。今年に入っても太川陽介再ブレイクの勢いは止まらず、「ぴったんこカン・カン」「金曜日のスマたちへ」など、最も視聴率が好調な金曜のTBSゴールデン帯に連続出演して、いずれも普段より高視聴率をマークしています。

2016年春には、再ブレイクのきっかけとなった「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」が、三船美佳をゲストに迎えて映画化。今回のロケ地は、初海外進出となる台湾。言葉の壁と、破天荒な蛭子能収を、太川陽介のコミュニケーション力がどう攻略していくかが楽しみですね。

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