渡部香生子は無冠の水泳女王!東京オリンピックで三度目の正直なるか?

2019年5月30日、競泳ジャパンオープンの女子200m平泳ぎ。渡部香生子(わたなべかなこ)が「2分23秒65」のタイムで優勝するものの、世界選手権代表の派遣標準記録「2分23秒33」に届かず代表入りを逃し、表彰台で号泣していたのは記憶に新しいところでしょう。

思えば、渡部香生子はこれまでも、栄光と挫折を繰り返してきました。そんな彼女の紆余曲折の水泳人生と、見据える今後についてお伝えしていきます。

丈夫な身体づくりのために始めた水泳

渡部香生子は小さい頃、よく熱を出して体調を崩す病弱な女の子でした。それに気を揉んだ両親は、身体を丈夫にするために渡部香生子が4歳の頃から水泳を始めさせます。

中学1年までは個人メドレーを得意としていましたが、秋に右肩を痛めてバタフライや背泳ぎが泳げなくなり、肩に負担の少ない平泳ぎの練習に重点を置いたところ、中学2年から実力が開花します。

2010年の全国中学校大会では100m、200mともに平泳ぎで優勝。翌2011年の国民体育大会100m平泳ぎで優勝、ジャパンオープンでは50m、100m、200m平泳ぎの3部門で優勝を果たします。

その勢いは2012年も止まりません。全国ジュニアオリンピックカップ夏季チャンピオンシップ100m、200m平泳ぎでいずれも優勝、日本選手権200m平泳ぎで自己ベストタイムを記録して2位になり、当時15歳という若さでロンドンオリンピック出場を決めました。

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二度のオリンピックで涙の敗退

2012年のロンドンオリンピック出場までは「岩崎恭子の再来」と呼ばれ、破竹の勢いの活躍を見せてきた渡部香生子ですが、ロンドン大会は自己ベストに届かず準決勝で敗退。メディアから注目を浴びると同時に、その重圧を肌で感じた15歳の少女にとって「他にも選手はいっぱいいるのに、なんで私ばっかり」と戸惑う場面も多く、結局「よくわからないまま終わった」五輪になってしまったといいます。

それから3年、ロンドンオリンピックの雪辱に燃える渡部香生子は、2015年の世界選手権200m個人メドレーで2位、200m平泳ぎで優勝という堂々の成績を収め、リオデジャネイロオリンピックの200m平泳ぎ日本代表に選出されました。その当時「すごいプレッシャーの中で、想像通りのレースができた」と、渡部香生子は喜びを語っています。

しかしその後、「世界選手権金メダリスト」という肩書きを手にしたことで世間の期待はさらに高まり、重圧に苛まれて練習に集中できない時期が続きました。その結果、2016年のリオデジャネイロオリンピック本番は準決勝で13位という結果に終わり、決勝進出を前に敗退してしまいます。

リベンジに燃えて臨んだ二度目のオリンピックでの予想だにしていなかった結果に、渡部香生子は試合後のインタビューで「何もできない自分が情けなくて悔しい」「オリンピックという舞台で何もできなかった。」と、涙ながらに語りました。

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仲間の姿に刺激を受けて引退を撤回

リオデジャネイロオリンピックの後、渡部香生子はJSSスイミングスクール立石から、早稲田大学水泳部へ移籍します。二度のオリンピックで結果を出せず、翌2017年も冬季の追い込みシーズンで怪我をして世界選手権代表を逃した渡辺香生子は、「なんで泳いでいるのかわからない」と引退を考えるほどメンタル的にも落ち込んでいました。しかしすぐに諦めることもできず、環境を変えれば何か変わるかもしれないと水泳部の門を叩いたのです。

そんな中でアクシデントが発生。足首を捻挫し、1ヶ月間プールに入れなくなりました。しかし、この空白期間が渡部香生子の転換点となります。水泳部のメンバーが練習に励む姿を目にしながら、自分だけ泳げないという状況で「やっぱり水泳が好きだ」とあらためて気付き、水泳に対する前向きな気持ちを取り戻したのです。それが渡部香生子、再起の瞬間でした。

全ては五輪でメダルを獲るために

女子200m平泳ぎは、4月の日本選手権で誰も派遣標準記録の「2分23秒33」を突破できず、世界選手権代表が一人も決まっていないという非常事態でした。そんな中、5月の競泳ジャパンオープンで渡辺香生子が出した記録が「2分23秒65」。優勝の壇上には上りましたが、0.32秒というほんのわずかの差で代表入りを逃してしまいます。

渡辺香生子は、昔から体調不良に悩まされることの多い選手でした。今大会でも試合前の朝に発熱し、日本記録を持つ平泳ぎ100mを欠場。病院で処方を受けて休養を余儀なくされ、プールに入れたのは200m予選の2日前だったそうです。2018年のパンパシフィック選手権も体調不良で欠場しています。しかし、渡部香生子は諦めません。

2019年7月にイタリアで開催されたユニバーシアード夏季大会に、日本選手団の主将として出場した渡部香生子は、200m平泳ぎで銅メダルを獲得しました。リオ五輪代表内定を決めた得意種目でのメダルに、世界と戦えるタイムではないとしながらも「諦めないで最後まで泳げたので、これからにもつながる大きな1歩になった」と、確かな手ごたえを感じたようです。開催まであと1年と迫った東京オリンピックでメダルを獲得するために、渡部香生子は突き進みます。

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