吉田輝星は高校野球男児 | 金農フィーバーを巻き起こした理由と活躍そして今後のプロ野球入団は?

吉田輝星の気になるプロフィール!野球を始めたきっかけや経歴は?

吉田輝星は2018年夏の甲子園を沸かせた高校生ナンバーワン投手!気になるプロフィールは?

吉田輝星は、2018年夏の甲子園で注目を浴びた秋田県立金足農業高校野球部のエース。2018年の甲子園は「黄金世代」とも言われる程有力な選手が多く登場した年で、吉田輝星は「高校生ナンバー1投手」としてその名を轟かせました。そんな吉田輝星の気になるプロフィールについて迫っていきます。

吉田輝星は、秋田県出身の2001年1月12日生まれ。右投げ右打ちの投手で、身長は176cmとのこと。名前の「輝星(こうせい)」の由来は、父親が「輝く星」となってほしいという願いから名付けたそうです。2018年の甲子園では、金足農業の絶対的なエースとしてチームを準優勝に導く立役者となり、名前通りの輝く星となった吉田輝星。同年9月には日本代表としてU18アジア選手権に出場、準決勝で台湾に敗れたものの、3位という結果を収めています。

家族構成は両親と弟の4人家族。弟も吉田輝星と同じく野球をしていて、現在はリトルリーグで活躍しているとか。高校卒業後の進路が注目されるなか、吉田輝星は9月に開催された福井国体出場後、当初予定されていた青森県にある八戸学院大への進学を辞退。10月10日にプロ志望届を提出したことを発表しました。

吉田輝星が野球を始めたきっかけは父親!ここまで辿った経歴は?

吉田輝星が野球を始めたきっかけは、父親にあります。実は吉田輝星の父親は、金足農業野球部OB。そして、吉田輝星と同じく高校球児でエースピッチャーとして活躍していたのだとか。

小学生に上がる前の頃から、父親が所属していた草野球チームの練習へ一緒に連れていかれていた吉田輝星。小学校の入学祝いには、軟式用のグローブをもらったといいます。

その後、潟上市立天王小学校に入学した吉田輝星は3年から地元の軟式野球チーム、天王ヴィクトリーズで野球を始め、4年生になる頃にはピッチャーとして活躍する程に。そして潟上市立天王中学校でも軟式野球部に所属。3年生の夏に県大会ベスト4の結果を出し、この頃から徐々に関係者の注目を集めていたようです。

中学3年の部活引退後は高校野球からの硬式球に慣れるため、秋田北シニアに所属。ここで、金足農業で共に甲子園を戦った菅原天空をはじめ、チームメンバーの大半と出会うこととなります。

高校は野球強豪校から推薦入学の話もあったようですが、吉田輝星は父親の母校である金足農業高校に進学すると固く決めていたそうです。金足農業野球部では1年生の夏に早くもベンチ入り。秋にはエースとして背番号1を託され、甲子園に出場できなかった父親の夢を、息子である吉田輝星が叶えることとなりました。

吉田輝星が夏の甲子園で巻き起こした金農フィーバーとは?

吉田輝星が所属する金足農業が県勢103年ぶりの快挙!金農フィーバーとは?

2018年夏の甲子園では、吉田輝星が所属する金足農業高校の快挙に日本中が熱狂しました。連日新聞に取り上げられ、ある時はスポーツ紙の1面トップ見出しになるときもあるほどの「金農フィーバー」をもたらしたのです。

これだけの注目を浴びることになった背景には、金足農業高校の歴史があります。2018年、記念すべき第100回を迎えた全国高校野球選手権。この大会に秋田県代表として出場を果たした金足農業高校は強豪校である日本大学第三高校を2対1で破り、注目度が一気に上がりました。秋田県勢の決勝進出は、103年ぶりの快挙だったのです。

予選の秋田大会を含め、毎回完投勝利を収めたエース・吉田輝星の活躍ぶりも、注目度アップに拍車をかけました。しかし、金足農業が注目されたのは、吉田輝星の活躍だけが理由ではありません。どちらかというと無名に近い金足農業野球部は少数精鋭。9人のスタメンのみで甲子園を勝ち上がってきたというメンバー同士の固い絆も見る人に多くの感動を与え、さながら少年漫画や野球漫画のような展開が「金農フィーバー」へと繋がりました。

また、メディアでは吉田輝星が試合の前と後に行っていたルーティン「侍ポーズ」も話題となりました。侍がさやから刀を出し、また収める仕草を真似たもので、本人にとっては試合に集中できるよう気分の切り替えと緊張をほぐすための、いわばセルフコントロールの1つです。こうした自己流のルーティンは野球に限らず、多くのスポーツ選手にありますが、吉田輝星の侍ポーズはそのインパクトの強さであまりにも有名になってしまい、大会の運営からやめるよう注意されるまでに発展。さらに話題をさらいました。

吉田輝星の投球の強みとは?

高校3年の夏の甲子園では、秋田大会から甲子園準決勝まで10試合連続完投勝利。甲子園では斎藤佑樹、松井裕樹と並ぶ4試合連続二桁奪三振を記録した吉田輝星。ここまでの強さを発揮できる秘密は、一体どこにあるのでしょうか。

吉田輝星が投げるストレートの最速は、3年生の時点で152キロを記録しています。しかし始めからここまでの球速を出せたわけではなく、高校入学時の最速は、128キロだったとか。飛躍的な球速のアップには、金足農業野球部に入部してから中学時代とは比べ物にならないほどのハードな練習をこなした吉田輝星の並々ならぬ努力がありました。

特に同校でとても過酷とされるのは冬場のトレーニング。全体練習ではボールを一切触らず、走り込みや体幹トレーニングを中心に体を極限まで痛めつけ、ひたすら体を鍛えぬくのだとか。

朝はまだ陽も昇らない5時に約1時間のランニングから始まるそうですが、豪雪地帯の秋田県では寒さとの戦いもあるでしょう。しかし、この冬場のトレーニングを乗り越えた選手は体つきだけでなく、メンタルも大きく成長するといいます。吉田輝星も3年生になる頃には、Lサイズのズボンが入らなくなるほど下半身が強化されたそうです。吉田輝星の投球の特徴でもある伸びのある剛速球は、こうした厳しいトレーニングを経て得たものといえるでしょう。

そして吉田輝星の強みは剛速球に加え、球種の多さにもあります。ストレートはもちろんのこと、スライダー、カーブ、スプリットとバリエーションに富み、「投球の緩急も付けられ、さらにストレートでは三振を奪える逸材」と称する声も。こうしてみていくと、高校生レベルを明らかに超越した吉田輝星が完成度の高い投手としてズバ抜けた評価を得るのは、当然であることがよくわかりますね。

吉田輝星の交渉権を獲得した球団は日ハム!意外にもドラフト会議では外れ1位指名

3年生の春の時点で、プロ12球団が視察に訪れていた吉田輝星は「ドラフト指名確実」といった声も多く、卒業後の進路が期待されていました。そんな中、吉田輝星は大学への進学を辞め、プロを目指すことを決めます。その第1歩とされるドラフト会議で、果たしてどの球団が吉田輝星との交渉権を獲得するのかに注目が集まりました。

2018年の甲子園は、吉田輝星の他にも金足農業と決勝を戦った大阪桐蔭の根尾昴や藤原恭大、報徳学園の小園海斗といった超高校級野手が豊作の年でした。10月25日に行われたドラフト会議では、前日までに異例の6球団が1位指名選手を公表するなど、波乱の幕開けとなりました。

そして蓋を開けてみると、大きな注目を集めた吉田輝星の名前がなかなか呼ばれないというまさかの事態に。最終的には、根尾昂の外れ1位として北海道日本ハムファイターズから単独指名を受けるという結果に終わりました。

希望の球団について「プロの世界に入れるのであれば、どのチームでも関係ない」と柔軟な考えを示していた吉田輝星は、日ハムからの指名を快諾。11月23日の入団会見では背番号も18に決まり、晴れてプロの道を歩むこととなりました。

息をのんでドラフトの成り行きに注目していた人も多かったであろう中、あっさりと単独指名となり拍子抜けしてしまった感もありますが、吉田輝星にとってはこれからが本番です。いきなりの故障でつまずくことなく、1軍でストライクを量産する姿を見れる日が楽しみでなりません。
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