木内みどりは夫・水野誠一とは再婚だった!福島の第一原発事故をきっかけに脱原発の運動

木内みどりは夫・水野誠一とは再婚だった!福島の第一原発事故をきっかけに脱原発の運動出典:http://www.magazine9.jp

木内みどりは若い頃に「元気が出るテレビ」の秘書も務めた女優!夫の水野誠一とは再婚だった

木内みどりは「元気が出るテレビ」の秘書だった!今や芸歴40年以上の超ベテラン女優

女優の木内みどりは、1965年、15歳の時に劇団四季に入団し、1970年からはテレビドラマにも出演するようになりました。同年には、ドラマ「安ベエの海」で初主演を務めたほか、当時大人気だったドラマ「太陽にほえろ!」にも出演しています。その後も、数え切れないほどのドラマや映画に出演し続け、今や芸歴40年を越える超ベテラン女優となりました。

彼女が活躍していたのはドラマや映画だけではありません。1985年4月~1991年12月の約6年半もの間は、ドキュメントバラエティの元祖とも言われ、高視聴率をキープしていた大ヒット番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」にも出演していました。ビートたけしを「社長」とし、松方弘樹に「部長」、高田純次に「社員」という肩書を付ける一風変わった設定があった「元気が出るテレビ」。「秘書」として出演していた木内みどりの姿をご記憶の方も多いでしょう。

2015年、木内みどりは、公式ツイッターに、「元気が出るテレビ」出演当時の写真を投稿し、「出産で休んだのは1週だけ。生んで次の収録からは出演していたからすごく驚かれた」とコメント。休む間もないほど活躍していたことをうかがわせるエピソードですね。

現在も、女優業はもちろん、ラジオ「木内みどりの指差し確認」でパーソナリティを務めたり、「マガジン9」というWEBサイト内で「木内みどりの『発熱中!』」というコラムを連載したりと精力的に活動しています。

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木内みどりの夫は実業家の水野誠一!2人の間に子供は1人

1988年、38歳だった木内みどりは、実業家で政治家の水野誠一と結婚しました。詳細は明かされていませんが、この結婚が再婚だった様子の木内みどり。再婚相手の水野誠一は、元・株式会社西武百貨店社長や、元・参議院議員、オリコングループの取締役など、ものすごい職歴を持つ人物です。

日本に1台しかないクラッシックカーを所持していた等、セレブな生活ぶりをうかがわせるエピソードにも事欠きません。木内みどりと結婚した当時、夫の水野誠一は西武百貨店の常務だったそうですが、1年後に社長に昇格したことから、当時の木内みどりは「あげまん」と呼ばれたこともありました。

そんな2人の間には一人娘がいます。木内みどりのツイッターなどの記述内容から推測すると、娘は20代後半にはなっている様子。黒柳徹子のトーク番組「徹子の部屋」に出演した際に、娘が初月給でプレゼントをくれたという心温まる出来事も披露している通り、親子仲は良好なようです。

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木内みどりの所属事務所は龍村仁事務所?脱原発の運動を始めたきっかけは福島の第一原発事故

木内みどりの所属事務所は龍村仁事務所?映画「地球交響曲」の配給会社

木内みどりの所属事務所は、ドキュメンタリー映画「地球交響曲(ガイアシンフォニー)」シリーズを制作&配給している、元NHKディレクター龍村仁が設立した龍村仁事務所との噂があります。シリーズ全8作が公開されるまでの約25年間に、観客動員数が250万人を超え、上映回数はなんと7000回を超えるという熱心なファンも多い映画「地球交響曲」では、たびたび声の出演をしてきている木内みどり。

それは、1992年「地球交響曲第一番」、1995年「地球交響曲第二番」、そして2001年「地球交響曲第四番」の計3作に及びます。しかし、公式ページを見ても、木内みどりが所属タレントとして紹介されているわけではなく、所属事務所であるのかについて確証はない状況です。

木内みどりの脱原発運動のきっかけは福島の第一原発事故だった

近年の木内みどりは、「脱原発」の活動家としても有名です。2014年4月11日にロンドンで開催された脱原発集会では、英語で、原発再稼働を進めるとした政府のエネルギー基本計画を批判するスピーチをしています。木内みどりは、なぜここまで懸命に脱原発を訴えるようになったのでしょうか?

きっかけとなったのは、2011年3月11日に起こった東日本大震災による福島第一原子力発電所事故でした。何が起きているかがテレビ報道だけではあまり分からない中、原子力発電所の動向に関する情報を積極的に発信していた「たね蒔きジャーナル」というMBSラジオ番組を聞いていた木内みどり。

実際に起こっている問題を自分なりに理解し始めるようになると、テレビや新聞などの伝える情報を鵜呑みにすることは止めようと考えるようになりました。さらにある時、「たね蒔きジャーナル」のパーソナリティが語った「自分たちにも責任がある」という言葉にハッとさせられたと言います。

そこから自身のツイッターで考えを発信するようになると同時に、脱原発のデモ行進や集会に1人で参加するようにもなりました。そのうちに女優の木内みどりであることが集会を開催しているスタッフ側に知れ渡り、「司会をしてほしい」という声が増え、引き受けたことで今に至るそうです。

木内みどりは脱原発運動に少々お疲れ気味?

今や「脱原発のマドンナ」のような存在になっているとも言える木内みどり。しかし本人は、そんな状況をあまり快くは思っていない様子です。木内みどりにとって、脱原発やそのほかの政治的な意見を発信することは、「海外の俳優が社会的な発言をよくするが、あの感覚と変わらない」こと。

市民運動家の代表的存在のように、取り上げられるほどのことではないと考えています。このように、熱心な運動家だと見られる現状に違和感を覚えることも少なくない上、より戸惑いを感じているのは、運動のやり方のようです。インターネットも普及し、コミュニケーションツールとして活用する団体も多い中、脱原発運動はと言えば、今も昔も変わらずにビラを配ってハンドスピーカーで怒鳴るという昔ながらの手法。

SNSでの情報発信や英語でアピールすることを提案しても受け入れられにくい体制を、「時代とずれている」と指摘しています。最近は、市民活動イベントの司会を依頼されていたのに直前になってキャンセルされながらも、ゲスト出席はしてほしいと依頼されたことから、自分が客寄せパンダになっているのではないかと憤りも感じている様子です。

本人にとっては当たり前の行動とはいえ、芸能人が政治的な意見を強くアピールすることが珍しい日本において、脱原発や共謀罪反対を主張する木内みどりが目を引く存在。世論を味方につけたい団体が、知的でありながら親しみやすさを感じ、木内みどりのキャラクターは魅力的。

とはいえ、せっかく思想を同じくしながらも、片方に違和感が生じ、疲弊してしまうのは意味のないことと言えます。脱原発のメッセージを発信すべく開催される音楽会で司会を務めたり、自らのSNSで意見発信を行ったりしている木内みどりには、他者に左右されず、自分の信念のままに歩んでいってほしいものです。

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