PUFFY大貫亜美、夫・TERU(GLAY)と略奪結婚だった?子供は何人?

PUFFY大貫亜美、夫・TERU(GLAY)と略奪結婚だった?子供は何人?

PUFFY大貫亜美、夫・TERU(GLAY)と略奪結婚だった?子供は何人?

PUFFY大貫亜美は過去に不倫していた?!TERUとの出会いエピソード、子供は何人?

PUFFY大貫亜美は、「アジアの純真」を筆頭に、数々のミリオンヒット曲を持つ女性デュオ・PUFFYのメンバーで、夫は、人気ロックグループ・GLAYのボーカルTERU。PUFFY大貫亜美とTERU(GLAY)の間には女の子が1人います。1998年、PUFFYの冠番組「パパパパPUFFY」で出会った大貫亜美とTERUでしたが、当時のTERUには妻子がいたため、大貫亜美とは不倫の仲と報じられています。

1994年にメジャーデビューしたGLAYは、前年に発表したベストアルバムが日本記録を樹立し、まさに人気の絶頂期を迎えていました。TERUの音楽活動を心から応援していた元妻は、「音楽活動に専念したい」というTERUの申し出を素直に聞き入れ別居を容認。この別居が、大貫亜美とTERUの距離を縮め、結果的に不倫関係を助長させることとなったのです。

PUFFY大貫亜美、TERU(GLAY)と略奪結婚!その代償は?

PUFFY大貫亜美が不倫関係を経てTERU(GRAY)と結婚したのは2002年のことです。1998年から始まったといわれる大貫亜美とTERUの交際は、2000年にTERUの離婚が成立したことで法的な問題は解消されました。しかし、非のない元妻と幼い子供たちを犠牲にしたというイメージに世間の目は厳しく、大貫亜美の略奪結婚が道義的に受け入れられていないことは明らかでした。

TERUは売れない時代を支えてくれた妻と子供たちを捨てたことでファンを失い、大貫亜美は略奪婚、魔性の女というレッテルを貼られる結果に。結婚発表こそしたものの、世間を刺激しないためか、大貫亜美とTERUが揃った姿を表に晒すことはありませんでした。

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PUFFY大貫亜美が太って劣化?性格は本当に悪いのか?

PUFFY大貫亜美が太って劣化した?デビュー当時と比べると!!

PUFFY大貫亜美が太った、劣化したという噂があります。デビュー当時22才だった大貫亜美も2016年現在42才。もともと痩せていたこともあって、以前よりふっくらした印象はあります。では劣化したのかといえば、もちろん22才の頃と同じではありませんが、感じるのは緩やかな変化だけで、いまだ若くてきれいです。

大貫亜美は、デビュー以来、おしゃれで個性的ともいえる服を身に着けているので、若い頃と同じように着こなすのは難しいかもしれません。しかし、昨今、美しくなるために整形を繰り返すタレントが多いといわれる中、顔をイジらずあれだけの美貌を保っていられれば合格点。大貫亜美の場合、ナチュラルに年を重ねているだけで、劣化とは言えないのではないでしょうか。

PUFFY大貫亜美の性格が悪いって本当?

PUFFY大貫亜美には性格が悪いという噂もあるようです。一つには大貫亜美の人見知りな性格が災いしているのかもしれません。PUFFYの2人は、結成からしばらく敬語で話す関係が続いたくらいの人見知り同士。トーク番組のMCをしても、ゲストと上手くコミュニケーションが取れず、視聴者には冷淡に映ることもあったでしょう。

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しかしながら一番の原因は、TERUとの不倫であることは間違いありません。大貫亜美の性格の悪さうんぬんには決まって略奪婚のワードが付きまといます。妻子ある男性を奪ったというイメージは14年経った今でも健在で、他に何もなくても悪く言う人がいるのです。これは人気者同士がファンを失望させた代償なので致し方ないことでしょう。

PUFFYの自然体がカッコいい!脱力系を貫いた20年、実は脱力ではなかった?!

大貫亜美らPUFFYが、デビュー20周年を記念してベストアルバムを発表しました。そのため、プロモーション活動の一環として、インタビューを受けたり、テレビ番組に出演したりしていますが、その中で意外なエピソードを披露しています。デビュー曲「アジアの純真」から4枚連続ミリオンセールスを達成したPUFFY。さぞや稼いだのだろうと思いきや、オートロックなしのワンルームからオートロックのあるワンルームに引っ越す程度の収入アップだったそうです。

また大貫亜美は、朝まで同じ体勢でマンガを読んでいて、うまく起き上がれずに靭帯断裂したこともあるのだとか。世間が思うより地味な暮らしぶりですね。「脱力系」「ゆるい」といわれてきたPUFFYですが、本人たちとしては20年間脱力した覚えはなく、必死に努力してきたといいます。Tシャツにジーンズ姿もれっきとした衣装でしたし、手でリズムをとるスタイルは、振付師と何度も協議した結果完成したもの。

素人っぽく聞こえる歌い方は、ビブラートを取り除こうとレッスンした成果で、PUFFYは決して自然体ではなく、自然体に見せる戦略でした。自然発生のパフォーマンスであればいつかは消えてなくなったでしょうが、プロが練りに練り上げた戦略的なコンセプトに基づくものだったからこそ20年間も人気が続いたのですし、PUFFY人気はきっと今後も続いていくでしょう。

PUFFY20周年記念アルバムのタイトルは「非脱力派宣言」。それはまるで、PUFFYが20年間心に秘めてきた「私たちは脱力してない!」という叫びのようです。

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