市原悦子 旦那との結婚生活、子供は?年齢不詳で、実年齢が気になる!
市原悦子 名パートナーの旦那との謎の結婚生活、子供は?
市原悦子の旦那は舞台演出家の塩見哲で、2014年4月21日に肺炎のためな亡くなっています。市原悦子と旦那の塩見哲の詳細な結婚生活の様子は謎に包まれていましたが、周囲の評判では、おしどり夫婦だったとのこと。市原悦子が出演する舞台では必ず演出を手掛けていました。また市原悦子が2012年にS状結腸腫瘍になった時も、市原悦子の旦那の塩見哲は熱心に看病していたそうです。しかしその後、今度は塩見哲に肺がんが見つかり、2014年3月31日に手術したものの同年4月21日に肺炎にかかります。そして残念ながら亡くなってしまいました。市原悦子は高齢ということもあり、2013年以降はTBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」内の「市原悦子 暮らし百景」や、ソフトバンクモバイル「白戸家岡山篇」の顔だしぐらいが目立った活動でした。ですが、2015年に公開された映画「あん」で住子という役を演じています。演技する市原悦子の姿を待っていた方も多いのではないでしょうか。
市原悦子 年齢不詳すぎて、実年齢が気になる!
若い頃から老け役も多く、その半面、コロコロと少女のようなかわいらしい声の市原悦子。年齢不詳だという話がありましたが、1936年1月24日生まれで79歳。市原悦子の年齢不詳に見える若々しい姿は、子宝に恵まれなかったことや、仕事に対して緊張感を持って貪欲にこなしてきたからこそではないでしょうか。また2015年6月16日のフジテレビ系列の情報番組「ノンストップ!」にVTRで出演した時に、月に2回、スタッフや知人らと麻雀卓を囲んで、「女優より楽しい!」と声を弾ませて語る姿も放映されています。「勝負だから、だまし合って、嘘言い合って」と、勝負の駆け引きの魅力に熱弁をふるって説明していました。79歳にして、駆け引きの世界を楽しむ市原悦子。実年齢に合わない若さは、好奇心もあるのかもしれません。市原悦子の旦那、塩見哲が亡くなった時の落胆から、少しずつ立ち上がれているのでしょうか。
市原悦子 演技力、朗読力の実力は?あさいちで放送禁止用語を連発した理由
市原悦子 誰もが認める演技力、あの番組で証明されている朗読力
市原悦子の演技力は、俳優座で培われたもの。1957年に入団し「りこうなお嫁さん」でデビュー、そのデビューした年に新劇新人推賞を受賞しています。1959年には「千鳥」で芸術祭奨励賞を受け、さらに1963年には新劇演劇賞、1964年にはゴールデン・アロー賞を受賞するなど、デビュー当初から、市原悦子の演技力は多くの人に高く評価され続けてきています。1983年から放送された「家政婦は見た!」で四半世紀以上も主役を務め、高視聴率を維持したのはご存じの通り。これが最大の当たり役と言えます。また1990年には「黒い雨」で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞し、役者として確固たる地位を築いています。また朗読力にも定評が。1975年に始まったテレビアニメ「まんが日本昔ばなし」では、全ての人物を常田富士男と二人のみで長年演じ、多くの人に親しまれています。また「おばさんデカ 桜乙女の事件帖」や「弁護士・高見沢響子」などの2時間ドラマも続々とシリーズ化。演技も朗読力も一流の女優であることは間違いなく、その人気もまた確かなものなのです。
市原悦子 まさかの放送禁止用語を連発の過去
2015年5月22日放送のNHKの情報番組「あさイチ」に出演した市原悦子。なんと、放送禁止用語を連発するという事態が発生しました。それは、この日の「プレミアムトーク」コーナーにゲストとして出演した際のエピソード。市原悦子は、先にご紹介した長年多くの人に親しまれている「まんが日本昔ばなし」について話が及ぶと、気に入っている話があると紹介し始めました。その話は「やまんば」という昔ばなし。周囲の人間からも特に評判が良い話だったそうです。その「やまんば」について語る前に、市原悦子は「いいんですか?こんな話をして」ときちんと断ったうえで、「やまんば」についての考察を語りました。「世の中からずれた、外れた人が山に行って、例えば○○になった人」と○○の部分が放送禁止用語に掛かってしまいます。しかし、トークに熱が入り、「人減らしで捨てられた人、外国から来た○○」と、市原悦子は放送禁止用語を大連発。番組の終盤で有働由美子アナウンサーが謝罪する騒動となりました。
市原悦子 「市原悦子」というブランド
市原悦子は6月15日に都内で行われた、ネパール大地震緊急支援チャリティイベントコクーン・リーディング「紙芝居 雨にも負けず、風にも負けず」の製作記者発表会に出席しました。ゆっくり丁寧な語りに、優しくはっきりとした声で人気がある市原悦子。その理由について、戦後の食糧難のピークに育った自分たちは、両親も混乱の中であわただしく、しつけや行儀を教えてもらえなかった。上座も敬語もわからず成長したため、言葉を発するのが臆病になり、失礼なことをしてしらけさせてしまったこともあり、ゆっくり丁寧な語り方になった、と微笑みを交えて語りました。間もなく80代に突入しようかという市原悦子の今後は、朗読方面の仕事をゆっくりと、でもしっかりこなしていくのではないでしょうか。他の誰にも出せない、市原悦子の演技は、あまり無理をせず、楽しいことをメインに活動していく中でさらに進化していくのかもしれません。市原悦子の独特の語り口を聞くと、つい聞き入ってしまいます。日本の芸能の貴重な財産ともいえる市原悦子。戦後の混乱や食糧難という過酷な環境と時代に生まれた人ならではの強さとしなやかさを土台に、これからも長生きしていただいて、多くの語りを聞かせてほしいものです。