荒木経惟が失明した原因とは?妻との合作「センチメンタルな旅」は今なお続く

荒木経惟が右目を失明してしまった理由とは?妻・荒木陽子との合作「センチメンタルな旅」は今なお続く

荒木経惟が世界のアラーキーとして一世を風靡した作品や写真集は?

下駄職人だった父のアマチュアの域を超えたカメラ技術にインスパイアされ、カメラマンの道を歩んだという「世界のアラーキー」こと荒木経惟(あらきのぶよし)は、日本が世界に誇る写真家であり現代美術家です。1963年に、千葉大学工学部を卒業した荒木経惟は、電通に宣伝用のカメラマンとして入社。翌年に出した写真集「さっちん」で第一回太陽賞を受賞し、世間に名を知られるようになりました。

1972年に電通を退社してフリーとなった荒木経惟は、日本を代表する写真家である深瀬昌久や細江英公らと共に「WORKSHOP写真学校」を設立。1990年には「写真論」「東京物語」、1992年には「空景/近景」で、それぞれ第2回・第4回の写真の会賞を受賞して一世を風靡します。そんな荒木経惟を「世界のアラーキー」として知らしめたのは、2008年にオーストリアの最高名誉勲章である「科学芸術勲章」を日本人として初めて受賞したことでした。

荒木経惟がカメラマンの命、右目を失明してしまった理由とは?

1940年生まれで、70歳を超えてなお精力的に活動し続けてきた荒木経惟でしたが、激務が祟ってしまったのでしょうか。2013年末に、前立腺癌による網膜中心動脈閉塞症が原因で右目を失明してしまいました。しかし、カメラマンの命ともいえる右目の視力を失ってしまった荒木経惟は、苛酷な現状をポジティブに捉え、作品の右半分を黒いマジックで塗りつぶしてしまうという大胆な手法に出ます。

「左眼ノ恋」と名付けられたこの作品は、荒木経惟作品の新シリーズとして発表され、世間に感動と感銘を与えました。

荒木経惟は今もフィルムカメラを愛用!妻・荒木陽子との「センチメンタルな旅」は今なお続く

荒木経惟はデジタルが嫌い!今でもフィルムカメラを愛用

前立腺癌や右目失明という普通の人ならば立ち直れないような困難さえもポジティブに捉え、精力的にアート活動を続けている荒木経惟。先進気鋭で常に時代の先端を走るイメージが強いですが、意外なことに「デジタル嫌い」として知られています。それは決して老いが理由ではありません。

デジタルでは見えないものを表現するという、荒木経惟独自の流儀によるものです。「スマホや最新機器は使わない。今の才能あふれるカメラでは被写体の女たちがちゃんと見えないから」と語る荒木経惟が最近の展覧会で愛用しているカメラは、ドイツ老舗カメラメーカーの「ライカM7」。本人曰く「フィルムで撮れる最後のライカだから」だそうです。

荒木経惟が愛した妻・荒木陽子との合作「センチメンタルな旅」は今なお続く

荒木経惟は、1971年に、同じ電通に勤めていた荒木陽子と結婚しました。同年に自費出版されたのが、妻との新婚旅行を写真に収めた「センチメンタルな旅」です。「陽子が私を写真家にしてくれた」と荒木経惟自らが語るように、妻・荒木陽子は、荒木経惟の唯一無二の被写体として、亡くなった後もずっと影響を与え続けているミューズのような存在。

この「センチメンタル」というフレーズは、荒木経惟にとって特別なものであり、1982年には「10年目のセンチメンタルな旅」を出版しています。1991年には、亡くなった妻を撮影した「センチメンタルな旅 冬の旅」を発表して世間に物議を醸し出しました。

また、1971年に自費出版された「センチメンタルな旅」は2016年に復刻版が出され、翌2017年には東京都写真美術館にて「荒木経惟 センチメンタルな旅 1971-2017-」を開催。この「2017-」について荒木経惟は、「そろそろゴールにしたいと思っていたけれど、最後の棒線がすごく重要な意味を持っていて、まだ旅が続いている気がしている」と語っています。

荒木経惟の壮大なる企画展「荒木経惟 私、写真」が猪熊弦一郎現代美術館で開催!

喜寿(77歳)を迎えた「世界のアラーキー」こと荒木経惟の展覧会「荒木経惟 私、写真」が、香川県丸亀市の猪熊弦一郎現代美術館にて、2017年12月17日~2018年3月25日まで開催されています。この展覧会では、これまで荒木経惟が撮影してきた莫大な数の写真の中から、プリントが腐食したもの、絵の具を施した写真、割れたレンズで撮影したものなど、何らかの手が加わった作品を展示。

あえて作品に手を加えることには、「生」と「死」の境界を幻惑する意味合いがあると言います。展示されているのは、「死現実」「母逝去」や、3.11後に撮り始めた「空」などで、人の生き様・死に様を撮影し続けてきた荒木経惟の壮大なる世界観が存分に発揮されていると言えるでしょう。

77歳という年齢について、「癌も経験したし、右目の視力も失った。自分はすでに片足を火山口(お棺)まで突っ込んでいる」と笑いながら語る荒木経惟。しかしその一方で、「俺が死んだら皆がお棺を覗き込むじゃない。そしたら手をニューと出してみんなを撮影してやろうかってね」とお茶目なジョークで交わすなど、仕事に対するひたむきな熱意は今も全く衰え知らずです。

老いに抵抗することなく精力的に活動する荒木経惟を見ていると、彼が癌になったことや右目の視力を失ったことさえも、神様から贈られた粋な人生のスパイスのように感じられてなりません。「美しく生きるには、人生をさらけ出すしかない」。荒木経惟のこの言葉は、これから「老い」に向かって突き進まねばならない私たちに、大いなる課題と希望のエールを与えてくれるのではないでしょうか。

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