佳山明生の現在は?大ヒット曲「氷雨」の裏に隠された人気演歌歌手の転落人生

日本を代表する演歌歌手である佳山明生(かやまあきお)。かつて美輪明宏から授けられたというその芸名を引っ提げ、1977年12月に発売した「氷雨」が紆余曲折の末、異例の大ヒットを記録。デビュー作となった「氷雨」が彼にもたらした宝・思いがけない悲劇・その他有象無象……。

発売当初は鳴かず飛ばずだったにも関わらず、再々発売を経てチャートにランクインするまでにはどんな経緯があったのか?その陰に見える日野美歌という歌手の存在とは?そして、痛々しく演歌歌手生活から転落していった彼の現在の姿とは?

佳山明生という演歌歌手を、「氷雨」という曲と、歌手・日野美歌の存在との両面から紐解いていきましょう。

大ヒット曲「氷雨」を代表する渋く哀愁溢れる歌声が魅力

演歌歌手としてその名を知られている佳山明生。本名は、長谷茂浩(はせしげひろ)で、出身は北海道の函館市。その縁あってか、函館市の観光大使を担っています。前述した通り、佳山明生という芸名は美輪明宏本人から授けられた名前であり、演歌歌手生活をスタートした後、大ヒット曲となる「氷雨」を1977年12月に発表しました。

発売当初はチャートにもランクインせず、鳴かず飛ばずで終わってしまっていた「氷雨」。ひょんなきっかけから1983年に大ブレイクを果たし、各ランキングを賑わせる名曲として世に広まることになります。第25回日本レコード大賞ではロングセラー賞を受賞するなど、佳山明生という歌手は、たちまちお茶の間にもお馴染みの大人気演歌歌手へと成長していきました。

歌の主人公は、別れた男のことをひっそりと想う1人の女。女性の心の内を哀愁たっぷりに歌い上げる佳山明生の渋い歌声は、たちまちにファンを増やしていくことに。

「氷雨」が大ヒット!しかし、本家・佳山明生から注目を奪ったのは?

佳山明生の「氷雨」という曲が大ヒットを呼んだ背景には、様々な事情が隠されています。なんと、1977年12月に発売された直後、当時のレコード会社で販売・広報等を担当していた人物が急逝。未だきちんと申請されていなかった「氷雨」の著作権・出版権がうやむやのうちに、他レコード会社へ売られてしまいます。

それを受けて1982年に発売されたのが、歌手・日野美歌による「氷雨」。皮肉にもこの発売・ヒットを機に、オリジナルである佳山明生の「氷雨」にも注目が集まるようになりました。

デビュー時、そして再発売時は全くうんともすんとも言わなかった「氷雨」という曲が、後に発売された日野美歌のシングル発売と共鳴し大ヒットを記録。佳山明生自身も1981年12月に再発売しており、1982年7月に再々発売、そして1982~83年の間で各種ランキングに連続でトップ10入りを果たすまでになりました。

「氷雨」は80万枚を記録する大ヒットとなりましたが、同じ曲を歌いながらも、紅白歌合戦に出場できた日野美歌とは打って変わり、完全に陰の人となってしまった佳山明生。この辺りに、決して表立ってはいない2人の確執があったのではないかとみられ、テレビ番組で取り上げられたりもしています。

「やはり氷雨は佳山明生でないと」というファンの声も強い傍ら、世間的には「氷雨といえば日野美歌」という見方が一般的に。そんな中、思うように活動が上手くいかず、演歌歌手を辞めて飲食店でアルバイトをしていた佳山明生の耳に有線で流された「氷雨」がたまたま入ってきたことが、再奮起のきっかけとなりました。

日野美歌自身は「佳山明生さんがずっと歌い続けてきてくれたからこそ、私もこの曲と出会えた。一生の宝物だと思っている」と語っており、世間が想像するような確執は存在しないという姿勢を示しています。

佳山明生の現在は――演歌歌手として復活している?

「氷雨」以外に目立ったヒット曲がない佳山明生にとって、歌手としての奮起を図るとしたら方法はたった1つ、歌うこと以外にはありません。日野美歌という歌手の登場により、完全にその場を明け渡してしまった手前、何も武器がない状態で再び表舞台に返り咲くことは困難を極めます。

お酒の魔力に溺れてしまっていたことも災いしました。歌手のもう1つの命ともいえる耳の鼓膜が長年の不摂生により破裂して中耳炎を発症。1989年に演歌歌手としての活動を一切取りやめた佳山明生は、飲食店でのアルバイトをはじめます。

「氷雨」の大ヒットから一転、居酒屋での厨房・皿洗いにまでその身を落としていた佳山明生。かつての大人気演歌歌手の顔は、そこにはありませんでした。どん底の彼を救いあげたのは、前述したとおり、たまたま有線から流れてきた「氷雨」。

歌を歌うこと、歌そのものから距離を置き、ないものとしていた生活は、およそ10年続いていました。その最中にまっすぐ彼の心へ届いたのは、あの日野美歌が歌い上げる「氷雨」。かつて自分がオリジナル曲を発表し、演歌歌手としての地位を築き上げてくれた不動の曲です。

このままではいけない。日野美歌という歌手が、しっかりと「氷雨」を自分の曲として操っていたこともプライドを刺激したことでしょう。働いていた居酒屋を辞め、2018年現在、演歌歌手として復活を果たした佳山明生。新曲「冬茜」を収録したミニアルバムを発売するなど、御年67歳で立派に再起を遂げています。
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