岸惠子と元夫イヴ・シャンピの結婚、離婚にいたるまで!娘の現在は?

岸惠子と元夫イヴ・シャンピの結婚と離婚!娘の現在は?


岸惠子のプロフィール
◆生年月日:1932年8月11日
◆出身:神奈川県
◆身長:161cm
◆血液型:A型
◆所属事務所:舞プロモーション

岸恵子はフランス人映画監督イヴ・シャンピと結婚していた

岸恵子(きしけいこ)は、有馬稲子(ありまいねこ)や久我美子(くがよしこ)など、戦後活躍した映画女優の中でも特別な存在です。岸恵子は、1956年にフランス・日本合作映画「忘れえぬ慕情」に出演します。この映画の出演がきっかけで、フランス人の映画監督イヴ・シャンピと結婚。以後は、パリに居を構え、フランスと日本をまたにかけて女優を続けました。

またイヴ・シャンピを通じて、サルトルやボーヴォワールなど、当時のフランスにおける一級の文化人と交流を持った岸恵子。国際的な文化人としての活動も多くなる一方で、やがて映画出演は少なくなっていきます。岸恵子は、夫イヴ・シャンピとの間に、一女デルフィーヌ麻衣子を授かりますが、擦れ違い生活が続いた2人は、1975年に夫イヴ・シャンピの浮気が原因で、とうとう離婚してしまいます。

娘のデルフィーヌ麻衣子は名門ソルボンヌ大学を卒業後、バンド活動を行い、オーストラリア出身の作曲家ウォーレン・エリスと結婚。2人の子供に恵まれました。2019年5月に岸恵子が受けたインタビューによると、娘の結婚と母の死を機に岸恵子は両親が遺した日本の家でも暮らすようになり、パリにある家は主に事務所として、行き来しながら使っているようです。

岸恵子は戦後を代表する女優であり戦後女性のトップランナー!「君の名は」で「真知子巻き」が大流行

岸恵子は、1932年生まれ。岸恵子の代表作といえば、1953年から1954年にかけ、3部作で公開された松竹映画「君の名は」です。電話もメールもない時代、お互いに逢いたくても何度もすれ違いを繰り返す、古き良き時代の王道ラブストーリーでした。当時は、岸恵子演じるヒロインが巻くストールの巻き方が「真知子巻き」として大流行しました。

1972年3月29日に公開された映画「約束」では荻原健一と共演、続いて1975年4月5日に公開の「雨のアムステルダム」でも荻原健一と共演したため、一部メディアからその関係が注目されたこともありましたが、荻原健一が「お姉さん」と呼んで岸恵子を慕っていただけであり、恋愛関係はありませんでした。ちなみに荻原健一は岸恵子の母親も慕っていたとのことで、本当に弟のような存在だったのでしょう。岸恵子の母親が亡くなった際には荻原健一は葬儀にも参列しました。

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岸惠子の小説「わりなき恋」とは?その神々しい美しさはいまだ衰えず!

岸恵子が書いた70歳女性の不倫小説「わりなき恋」あらすじ

岸恵子は、「空飛ぶマダム」として日仏間を行き来し活躍していましたが、歳を重ねてからも、彼女に恋する男たちは数知れずいたようです。

2013年3月に出版された、岸恵子が書いた小説「わりなき恋」がベストセラーになりました。「わりなき恋」のストーリーは、日本とパリを行き来する、70歳を前にした女性ドキュメンタリー作家と、12歳年下の大企業重役との、5年を超える不倫愛というなかなかスキャンダラスな内容。主人公は、岸恵子自身がモデルといってもよく、その恋の相手が誰だったのか、大いに話題になりました。

岸恵子、80代にしてその神々しい美しさはいまだ衰えず!

岸恵子は「徹子の部屋」に何度か出演しています。黒柳徹子の1つ年上になりますが、背筋を伸ばしたその神々しいまでの美しさで視聴者を驚かせているようです。トークの中で、夫であったイヴ・シャンピとの結婚生活を語った岸恵子。イヴ・シャンピは、当時映画監督であっただけでなく、フランス貴族の出。日本のちょっとした名士や金持ちなど及びもつかないステータスで、料理人や女中が家の仕事を担っていました。結婚当初、岸恵子は大事にされすぎて何もさせてもらえず不眠症になるなど、ノイローゼに悩まされたようです。しかし一方で一級の文化人たちに感化されていったそう。

ひとりの女としての生き方に目覚め、イヴ・シャンピが乗っていた高級車ジャガーの革製シートに、買ってきた布地を縫い付けオリジナルのシートにするなどといった、超有閑マダム流の反逆を試みます。そのようなおとぎ話だけではありません。岸恵子は、女優、文化人として仕事をこなし、まさに、戦後日本の自立した女のトップランナーとして走り続け、そして、いくつになっても自立した女のお手本として、今も生き生きと暮らしています。

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岸恵子は執筆業を中心に活動中!自分らしく生きる現在

岸恵子は近年は女優業より執筆業が中心!

岸恵子は若かりし頃、川端康成を愛読していて元々は作家志望でした。その夢をかなえたのか、何冊か著書も出版しています。初めて執筆し1983年に出版したたエッセイ「巴里の空はあかね雲」は文芸大賞エッセイ賞を受賞しました。その後はエッセイ集を2冊出版し、1993年10月に朝日新聞社より出版した「ベラルーシの林檎」では日本エッセイストクラブ賞を受賞、この本は一人娘のデルフィーヌが表紙デザインを担当したことでも有名です。

2019年5月には幻冬舎より「孤独という道づれ」という本を出しています。自身の人生を振り返り、現代に生きるあらゆる世代に向けたメッセージを込めたエッセイ集となっています。フランスと日本を股にかけ、女優そして最近はエッセイスト兼作家としても活躍する岸恵子の生きざまやその考え方から学べるものはたくさんありそうです。

岸恵子は国際結婚の先駆け!今は自分らしく生きる

岸恵子は最近では増えてきた芸能人の国際結婚の中でも、その先駆けとしていまでも話題に上ることがあります。岸恵子が結婚をした当時は、日本人が海外で暮らすこと自体とても珍しく、好奇の目で見られることも多々ありました。パリに向かってプロペラ機で50時間かけて飛び、到着したのは5月1日。この日以来、岸恵子にとって5月1日は自分自身の独立記念日だとインタビューで語っています。

結婚後は毎年1回日本へ帰国し、映画へ出演して女優・岸恵子として活躍し続けました。岸恵子の帰国を待つ監督が脚本を持って待っているなど、フランス生活が始まってからの方が作品に恵まれていたとも話していました。

岸恵子の人生は、日本国内に住む日本人から見ると少し大それたものかもしれません。しかしフランス語もままならない状態で渡航し、思い通りにならない生活の中で大きな苦労もしています。それらを乗り越えて、今はより自分らしく生きている岸恵子。これからもその人生で学んだことを著書を通じて披露してほしいものです。

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