岡江久美子と薬丸裕英が不仲説を一蹴した瞬間!「はなまる」の顔、追悼の声から見えた姿は?

岡江久美子と薬丸裕英が不仲説を一蹴した瞬間!「はなまる」の顔、追悼の声から見えた姿は?

岡江久美子は「はなまるマーケット」で親しまれた女優!薬丸裕英との不仲説や降板の真相


岡江久美子のプロフィール
◆生年月日:1956年8月23日
◆死没:2020年4月23日
◆出身:東京都
◆身長:156cm
◆血液型:AB型
◆所属事務所:スタッフ・アップ

岡江久美子は「はなまるマーケット」の顔だった!明るい性格も人気の理由

岡江久美子(おかえくみこ)は1996年9月から2014年3月まで、TBS系の生活情報番組「はなまるマーケット」の司会を務めてきたことで有名です。

芸能一家のメンバーでありながら、芸能人らしくない普通の主婦のような感覚でコメントするので、お茶の間の主婦からもとても人気があった岡江久美子。爽やかな笑顔と、サバサバしていて思ったことをはっきり口にする、明るい性格が魅力でした。

しかし、そんな岡江久美子は2020年4月23日に63歳で亡くなっています。あまりにも突然の出来事に、芸能界にもショックが広がりました。

岡江久美子と薬丸裕英は不仲説を全否定!「私達が流した」とジョークも

岡江久美子と薬丸裕英について、しばしば不仲説がささやかれていました。

几帳面できめ細かな性格の薬丸裕英と、大ざっぱで考えていることがそのまま顔や口に出るタイプの岡江久美子は、水と油。口論になったのも1度や2度ではない、と言われていました。

「2人は机の下で蹴り合っている」といった噂を、掲載した記事が出たこともあります。しかし、2014年3月の放送終了間際に、2人がこの話題に切り込む場面がありました。

薬丸裕英は噂を一蹴した上で、記事が出た後に視聴率が上向いたことを告白し「助けられた部分もある」と笑顔で回顧。この発言を受けた岡江久美子は、ニヤリとし「あの記事、本当は私達が流したの」と冗談で笑わせていました。

後に岡江久美子も、不仲説をきっぱり否定しています。2015年1月1日・8日号の「週刊文春」の直撃取材に答えた岡江久美子。「薬丸くんはいつも自分をフォローしてくれた、本当に仲が良かった」と真実を明かしました。お互いの誕生日にはプレゼントを贈り合っていたそうです。

家族が多い薬丸裕英に岡江久美子がおこめ券を贈ったり、薬丸裕英から「ご夫婦で飲んでください」と高価なワインをもらったりしていたとのこと。2人の間に信頼関係があったからこそ、「はなまるマーケット」は長く愛される番組になったのでしょう。

岡江久美子が「はなまるマーケット」降板を希望した理由は母の介護!

17年もの間、生活情報番組として独自の路線を走っていた「はなまるマーケット」でしたが、NHKが2010年に同ジャンルの「あさイチ」をスタートしたことで、視聴率の低迷が目立ってきていました。

良い時には2ケタの視聴率をたたき出した時代もありましたが、終盤は3%台も記録。視聴率低迷が最大の要因だと考えるのが妥当とも言えますが、実は、岡江久美子は、母の介護のために「はなまるマーケット」降板の意向を示していたそうです。

仕事を続けながら母を介護してきた岡江久美子ですが、母親の体調は思わしくなかったようで、少しでも傍にいたいと思うようになったといいます。

生前の岡江久美子のインタビューによると、放送開始当初、「はなまるマーケット」は3か月で終了するものと思っていたのだそう。しかし岡江久美子の予想は大きく外れて番組は半年、10年と続き、17年半で放送を終えました。

番組MCとして、17年半もの間、無遅刻無欠席を貫いた岡江久美子。「明日終わってもいい」という気持ちで日々の収録に臨んでいたそうなので、最後までやりきったという気持ちで最終回を迎えたのではないでしょうか。

TBSは、岡江久美子と薬丸裕英が揃ってこそ「はなまるマーケット」という強い思いがあったといい、岡江久美子の降板の意向が、番組終了に大きく影響したことは間違いないでしょう。

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岡江久美子が若い頃を振り返って印象深いと語ったドラマは?「天までとどけ」は名作!

岡江久美子が印象深かったドラマは「黒真珠の美女」

「はなまるマーケット」の司会でおなじみですが、女優としてキャリアを積んでいた岡江久美子。特に印象に残っている作品について聞かれると、1985年8月に放送された江戸川乱歩原作のドラマ「黒真珠の美女」を挙げていました。

当時大スターだった天知茂に抱き上げられて何十メートルも歩くシーンがあり、岡江久美子はそのために減量までしたのだそう。ちなみにセリフの覚え方については、「お風呂でブツブツ覚える」と、なんとも親近感を覚えるエピソードを明かしていました。

岡江久美子の代表作はドラマ「天までとどけ」!

岡江久美子の代表作といえるのが、1991年3月から1999年4月にかけて放送されていたドラマ「天までとどけ」。岡江久美子はこの作品で、13人の子供を持つ大家族の肝っ玉母さん・丸山定子役を演じました。

15人全員が公団住宅の一室暮らし、決して豊かとはいえない生活の中で繰り広げられる家族のドラマはほのぼのとした空気に包まれ、視聴者の心を癒していました。昼ドラとしては異例の高視聴率を記録する大ヒット作となり、8年間に渡り全8シリーズが放映された人気作品となりました。

岡江久美子演じる丸山定子は、どんな時も明るく振る舞い、夫と子供たちにおおらかで優しい視線を注ぎ続けながらも、時にはいたずらをした子供の頭をたたいて叱ることもありました。そのリアルな演技に、女優岡江久美子の実力を感じた人も多かったはずです。

2021年1月14日には、一家の父・丸山雄平役を演じた綿引勝彦も逝去。夫婦を演じた2人が、天に旅立ってしまいました。今改めてこのドラマを見返すと、日本の芸能界が失った存在の大きさを感じることでしょう。

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岡江久美子への追悼コメントから浮かび上がる性格!自宅で薬丸裕英が目にしたものは?

岡江久美子の訃報に芸能界から多くのコメント…誰からも愛される人柄

岡江久美子が亡くなった際には数々の芸能人から追悼コメントが寄せられ、そこには誰からも愛された岡江久美子の人柄が浮かび上がっていました。

「はなまるマーケット」で何度も共演していた三倉茉奈は、自身のツイッターで「本当に優しくて素敵な方でした」とコメント。乙武洋一は「『はなまるマーケット』出演時には、やわらかな笑顔と話術で、いつも話しやすい雰囲気をつくってくださった」とツイッターで在りし日を思い返しています。

神谷明は「『探偵レミントンスティール』でご一緒してからのお付き合いは33年。岡江さんの明るさで一つになったチームは、今でも良い仲間たちです」と追悼コメントの中で述べ、岡江久美子の人柄を偲んでいます。

元NHKアナウンサーの松平定知は、岡江久美子の印象を「自然体で天性の明るさの持ち主」と振り返っており、他にもそれぞれのコメントを読み返すと、改めて岡江久美子のどんな人にも笑顔で接する、性格の良さが浮き彫りとなります。

岡江久美子の自宅には薬丸裕英からのプレゼントが大切に飾られていた!

薬丸裕英は2020年4月に自身のブログにて岡江久美子の死後、大和田美帆から電話がかかってきて、薬丸裕英の体調を案じていたことを明かしています。

電話があったこの日は遺骨となった岡江久美子が東京都内の自宅に帰宅した日でもあり、大和田美帆は悲しみに暮れながらも母が親しくしていた薬丸裕英のことを労わったようです。

2021年4月の一周忌にオンラインで開催された「スマイル!岡江さんフェスティバル~音楽とともに~」にて、薬丸裕英は岡江久美子にお線香を上げに家へ訪問した際、自身が毎年誕生日にプレゼントしていたプリザーブドフラワーが、部屋に飾られていたと明かしました。「凄く嬉しかった」と語っており、岡江久美子と薬丸裕英はプライベートでも仲良くしていたことが感じられます。

薬丸裕英は、2020年5月にバラエティー番組「ぴったんこカン・カン」に出演した際、岡江久美子に宛てた手紙を涙ながらに読み上げていました。「これからもずっと天国からみんなのことを照らし続けてください」という薬丸裕英の言葉通り、岡江久美子の笑顔は人々の心に生き続けることでしょう。

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