斉藤和巳の現在は?投手五冠王に輝いた“負けないエース”の成績がスゴすぎる!

二度の沢村賞に投手五冠王!斉藤和巳の成績がスゴすぎる!

斉藤和巳(さいとうかずみ)は、福岡ソフトバンクホークスに所属していた元プロ野球選手です。1977年11月30日生まれ。京都府京都市出身です。

投手として球界を代表する選手として活躍し、2003年と2006年に沢村賞を受賞。2006年は勝利数・防御率・奪三振・勝率・完封数のいずれもリーグトップの成績を収め、日本プロ野球史上7人目、25年ぶりとなる投手五冠王に輝くなど、華々しい成績を残しました。

「味方が点を取ってくれるまでいかに粘れるかで、ナインに信頼される。そうでなくてはエースじゃない」という持論を持ち、初回から打者を仕留める度に吼えるなど「先に点を取らせたら勝てない」と相手チームに思わせる気迫に満ちたピッチングで試合を支配した斉藤和巳。最速153キロを記録したストレートとカーブ、スライダー、2種類のフォークボールやチェンジアップ、カットボールなど多彩な球種を持ち、そのすべてで勝負できるのも強みでした。

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斉藤和巳の神ピッチングに寄せられる絶賛の声

「自分のことはどうでもいい。チームが勝てばそれでいい」「チームの勝利を優先して投げている」などと語る斉藤和巳は、常に自身の成績よりもチームのことを考える姿勢を貫きました。そのため仲間からの信頼も厚く、同じくホークスの選手として活躍した大道典良は「和巳が投げるというだけで、チームには安心感があった」「成績はもちろんだけど、和巳は普段の練習から一生懸命やっている姿がとても印象的だった」と語っています。

斉藤和巳はチーム内だけに留まらず野球界全体をみても評価が高く、落合博満は自著の中で「斉藤こそが球界で最も優秀な投手。斉藤和巳がいる限り、日本球界はなんとか保つ」と絶賛。また、メジャーリーグのデトロイト・タイガースやニューヨーク・ヤンキースで投手としてプレーし、ソフトバンクにも2007年から2シーズン在籍したクリストファー・ニコースキーも「来日してから目を見開かされるような選手を見たわけじゃないが、斉藤は例外」と語っています。

2013年に現役を引退した後もその評価は依然として高く、「週刊ベースボール」が2014年3月に発表した「球界200人が選ぶ歴代投手ランキング」では、野茂英雄を上回る得票数で2位にランクイン。投票した選手たちは「テレビで見て、これを打てないとプロになれないのかと思った」(千葉ロッテ・加藤翔平)、「ストレートがえげつなかった」(日本ハム・大塚豊)、「とにかくすべてがすごかった」(千葉ロッテ・涌井秀章)、「すべてのボールで勝負できていた。自分の理想」(広島・大瀬良大地)など、プロにも強烈なインパクトを与えています。

斉藤和巳復活ならず…涙の引退

球界屈指の投手として活躍した斉藤和巳ですが、右肩の故障により2007年のCS初戦で先発したのを最後に、一軍のマウンドに上がれない苦難の日々が続きます。

2008年、2010年に右肩の回復を目指して手術を受け、リハビリに努めるものの思うように回復せず、3シーズン連続で実戦登板なしに終わっています。このような事態を受け、ソフトバンクは2011年に斉藤和巳を支配下選手登録から外し、三軍リハビリ担当コーチとして契約。現役復帰のためにリハビリを継続し、復帰できるまでに回復した時点で再び選手契約を結ぶという異例の対応で、二度の沢村賞に輝いたエースの復活を待ちました。

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球団の期待に応えるべくリハビリを続けた斉藤和巳は、2012年には打撃投手を務められるまでに回復の兆しを見せていました。しかし2013年7月29日に会見を開き、「今月に入って、一軍の戦力になるイメージができなくなっていた。そのイメージを持てないなら、ここでけじめをつけるのが一番」と涙ながらに語り、現役引退を表明。同月末でソフトバンクを退団します。

ただ一軍で投げるのではなく、戦力として復帰することを目指して二度にわたる手術を受けながら、6シーズン1軍のマウンドに立てないまま背番号「66」のユニフォームを脱いだ斉藤和巳。2006年6月8日にヤフードーム(現ヤフオク!ドーム)で行われたセ・パ交流戦のジャイアンツ戦では無四球1安打完封で勝利する準完全試合を達成し、当時の監督・王貞治に「ピッチングの神様が乗り移ったようだ」と言わしめた右腕に、野球の神様は故障からの復活というプレゼントを与えることはありませんでした。

斉藤和巳の現在は?

引退後は地上波、CS放送で野球解説者として活躍する斉藤和巳。2017年には日本学生野球協会に学生野球資格を認定されており、高校や大学で監督として現場を指揮する道も開かれました。将来、甲子園優勝を目指し、センバツのベンチで高校球児をアツく鼓舞する斉藤和巳監督の姿が見られる日はくるのでしょうか。実現すれば、背番号はもちろん「66」で決まりでしょう。

斉藤和巳が2003年に達成した先発登板16連勝、登板試合15連勝という前人未踏の記録は、15年以上が経った今も破られていません。2016年から候補に挙げられている野球殿堂入りはまだ叶いませんが、彼が球界に残した数々の記録と、選手の心に残した「負けないエース」の魂は、これからも色褪せることなく語り継がれるに違いありません。

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