佐野心が高校野球の監督をしていた!?父親もプロ野球選手!?プロフィールを紹介!

佐野心のプロフィールや出場成績を紹介!


佐野心のプロフィール
◆生年月日:1967年1月23日
◆出身:静岡県
◆身長・体重:176cm・72kg
◆ポジション:外野手(元中日ドラゴンズ)
◆所属:浜松開誠館高校野球部監督

佐野心のプロフィール

佐野心(さのこころ)は、1967年に広島県広島市で生まれました。中学の時に静岡県浜松市へ引越し、浜松商行高校へ進学。3年生の夏にセンバツ出場を果たし、3番ライトでスタメン出場しています。

高校卒業後、佐野心は専修大学へ進学。東都リーグの古豪として知られる野球部で1番バッターとしてレギュラーに定着します。4年生の時には主将を務め、東部リーグでベストナインを3回受賞するなど活躍しました。大学野球からいすゞ自動車へ入社し、社会人野球に活躍の場を移した佐野心は都市対抗野球大会に3年連続で出場しています。

こうした実績がプロの目に留まり、1991年11月に行われたドラフト会議で中日ドラゴンズから6位指名を受け、プロ入りした佐野心は1年目で公式戦にデビュー。俊足を活かした走塁技術で高い評価を得ましたが打撃の成績が伴わず、1995年シーズンを最後に現役を引退しました。

佐野心のプロ野球出場成績を紹介!

佐野心の公式戦初出場は、1992年4月に行われたヤクルトスワローズ戦でした。同月18日の読売ジャイアンツ軍戦で初盗塁を成功させ、このシーズンは21試合に出場。3盗塁を記録しています。

しかし、翌シーズンからは一軍入りの機会に恵まれず、1994年シーズンには一軍復帰したものの公式戦出場は6試合のみ。走塁センスでは卓越した技術を見せた佐野心でしたが、出場試合数が少ないこともあって打撃では目立った成績を残せず、現役引退となりました。

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佐野心の父親もプロ野球選手だった!?父の戦績を紹介!

佐野心の父親もプロ野球選手だった!?

佐野心の父親は、1965年から1969年まで、広島東洋カープでプロ野球選手として活躍した佐野真樹夫(さのまきお)。父もドラフト会議での指名を受けてプロ入りしていますが、NPB史上、親子でドラフト指名を受けたのは佐野親子が初のことでした。

佐野心の父・佐野真樹夫は浜松商業高校から専修大学に進み、野球部の主将を務めました。息子である佐野心も、大学まで父親とまったく経歴を辿っています。

東都リーグで何度も優勝を収め、ベストナイン受賞などの実績を積んだ佐野真樹夫は1965年11月に行われたドラフト会議で広島カープから1位指名を受け、プロ野球選手の道に進みました。

佐野心の父・佐野真樹夫のプロ野球戦績を紹介!

ドラフトでカープに1位指名された佐野心の父・佐野真樹夫はプロ1年目となった1966シーズンから一軍で活躍。ルーキーイヤーは57試合に出場し、2本塁打、9得点の記録を残しました。そして2年目は67試合に出場。32安打14得点と、前年シーズンを上回る活躍をします。

3年目はさらなる飛躍が期待された佐野真樹夫でしたが、怪我に泣かされて3安打2得点と不本意な成績でシーズンを終わることに。4年目も0得点で打率も1割と低迷し、わずか4年で現役を退きました。

怪我の影響等によりプロの世界では長く活躍することが叶わなかった佐野真樹夫は引退後、地元浜松でシニアリーグでプロ野球選手を目指す球児たちの指導に心血を注いでいます。1982年にはチームを全国優勝に導き、1984年からは硬式野球チーム・浜松南リトルシニアの監督に就任。指導者として手腕を発揮しています。

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佐野心高校野球の監督!?浜松開誠館が急成長していた!中村紀洋もコーチに!?

佐野心が敏腕監督に!センバツ未勝利の高校が優勝

現役を引退した佐野心は2004年4月に、高校の先輩にあたる森下知幸が監督を務める静岡県の私立常葉菊川高校硬式野球部で部長に就任します。2人の指導により、甲子園で一度も勝利の校歌を歌ったことがなかった同校野球部は2007年春のセンバツで初優勝。同年夏もベスト4まで勝ち上がる強豪チームへと成長を遂げました。

自身の先輩である森下監督と息のあったタッグで、指導にあたった結果といえそうです。部長の佐野心は投手の育成を中心に指導し、2007年の春夏に3年のエースとして投げ抜いた田中健二朗は、同年のドラフトで横浜DeNAベイスターズの1位指名を受け、プロ入りしています。

翌2008年も同校は2人の指導により春夏のセンバツに出場。夏の大会では準優勝を収めています。同年は5月に監督の森下知幸と部員が新聞社の女性記者を巡ってトラブルを起こし、監督が謹慎処分となる問題が発生。この事件を受け、夏の大会では佐野心が臨時監督として指揮をとった中での準優勝でした。

2012年の春まで常葉菊川高校野球部の部長を務めた佐野心は、2016年4月から私立浜松開誠館高校野球部の部長に就任。2017年4月からは前監督の勇退を受け、監督を務めています。同校はサッカー部が多くのプロを輩出していますが、野球部は2019年に県の地区大会で準優勝した実績はあるものの、初のセンバツ出場は叶っていません。しかし、常葉菊川高校野球部を強豪に育て上げ、センバツ優勝に導いた手腕を発揮すれば、今後甲子園の舞台で同校の初出場が実現するかもしれません。

佐野心が浜松開誠館野球部で異例の改革!

浜松開誠館高校野球部を強豪校に育て上げるため、佐野心は異例の改革を実行します。アメリカ大リーグのロサンゼルス・ドジャースでプレーした経験を持ち、2014年に横浜DeNAベイスターズを退団した中村紀洋(なかむらのりひろ)を、自身が監督に就任した2017年4月から臨時コーチに迎えたのです。

ベストナイン5回をはじめ、セパ両リーグでのゴールデングラブ賞年間連続受賞、月間MVP5回などなど数々の受賞歴があり、17試合連続安打、3打席専属本塁打、本塁打王と並外れた打撃センスで活躍。守備の上手さにも定評があった中村紀洋をコーチに迎えたことで、浜松開誠館高校野球部は技術レベルの引き上げに成功。2018年から2年連続で県大会出場を果たしています。

臨時コーチに就任した中村紀洋の直接指導により打撃の才能が開花した選手の中には、ドラフトで注目の存在になるのではと言われる選手も存在します。2020年6月現在、東京国際大学2年の青木蓮太朗(あおきれんたろう)です。

浜松開誠館高校では野球部のキャプテンを務めた青木蓮太朗は1年からベンチ入りし、2年の秋からは3番を打って県の地区大会でも存在感を示しました。ノリ2世とも言われる打撃フォームで打力を伸ばしたとされる青木蓮太朗の肩の強さと長打力にはプロのスカウトも目を見張り、2023年のドラフトで指名を受ける可能性が高いといわれています。

打線は中村紀洋、投手陣は常葉菊川高校での実績がある佐野心がタッグを組めば、浜松開誠館高校のセンバツ出場も近い将来に実現しそうに思えます。高校時代に出場選手として甲子園の土を踏んだ佐野心が、監督として再び甲子園に戻ってくるというドラマのような展開に期待したいものです。

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