新井千鶴(柔道)の中学や高校、プロフィールは?道を始めたきっかけは兄!
新井千鶴(柔道)は三井住友海上女子柔道部・副キャプテン!気になる中学や高校、プロフィールは?
新井千鶴(柔道)は、1993年生まれで、埼玉県寄居町出身です。地元にある寄居町立男衾(おぶすま)中学校と、埼玉県立児玉高等学校を卒業しています。
柔道を始めたのは小学1年生からで、男衾柔道クラブに入った新井千鶴は、男子に交じって腕を磨いていきました。練習の甲斐あって、中学生になるとメキメキと実力を開花させていった新井千鶴は、関東大会で3位に入賞。高校3年生の時には、関東高校柔道大会の70kg級で、オール一本勝ちで圧勝しました。
その後のインターハイでも、全国上位の選手の1人である古屋梓を破り優勝。高校を卒業した2012年からは、柳沢久柔道部監督と上野雅恵コーチにスカウトされ、三井住友海上に所属し、鍛錬を重ねる毎日です。コーチも合わせると総勢24名ほどが所属している三井住友海上女子柔道部で、新井千鶴は現在、副キャプテンを務めています。
新井千鶴(柔道)が柔道を始めたきっかけは兄!
幼少時代の新井千鶴(柔道)は、サッカーに興味を持っていたと言いますが、3歳年上の兄からの勧めにより、男衾柔道クラブに入りました。身長172センチと、女性にしては高身長の新井千鶴。小学生の頃から高身長であったとすれば、それを見た兄が柔道を勧めたとも考えられそうです。
主に小学生を対象に柔道を教えている男衾柔道クラブは、大会優勝者や上位常連者も多数輩出してきた強豪。新井千鶴の兄についての情報は伝えられていませんが、新井千鶴の兄も男衾柔道クラブで柔道を習っていたのかもしれません。しかし、主だった国内大会の出場選手名には新井姓の男子選手は見当たらないため、現在柔道選手として活動している可能性は低そうです。
新井千鶴(柔道)が「世界ランキング1位」を勝ち取るまで!得意技の足技は名監督・柳沢久の教えの賜物
新井千鶴(柔道)が日本女子柔道選手で14年ぶりに「世界ランキング1位」を勝ち取る
新井千鶴(柔道)は、高校時代のインターハイ優勝を皮切りに、これまでに数々の大会に出場し、功績を残してきました。三井住友海上に所属した2012年には「アジアジュニア」で、2013年には、19歳以下を対象とする「全日本ジュニア」で見事に優勝。同年「ワールドカップ・チェジュ」にシニアとして初めて参加し、こちらも初優勝を飾っています。
また、国際柔道連盟主催の柔道大会で、その成績が世界ランキングのポイント対象とされるグランドスラムでは、初出場となった2012年「グランドスラムモスクワ」で2位、翌2013年の「グランドスラム東京」で優勝しました。2014年の「アジア大会」では、団体優勝を遂げるものの、新井千鶴だけが個人戦で2位を喫して大号泣したとか。
しかし、この悔しさを糧に2015年に開催された「グランドスラム東京」で、世界ランキング1位のオランダのキム・ポリングを破り再び優勝を手にします。このように、あらゆる大会で頂点を極めてきた新井千鶴ですが、印象深いのは、2015年の「世界選手権」5位と、2016年の「全日本選抜柔道体重別選手権」の決勝で敗れてまさかのリオオリンピック代表落選となったことです。
勝負の世界とは、本当に何が起こるか分からないと痛感させられた試合でした。しかしここで終わらないのが新井千鶴。その後の大会では、以前のように勝利を重ね、2017年に開催された「グランドスラムパリ」では、4試合中3試合で一本勝ちという見事な勝ち方で優勝を果たしました。これにより、世界ランキング1位という快挙も遂げた新井千鶴。日本の女子柔道選手が世界ランキング1位になったのは、2013年の52kg級・橋本優貴選手以来、実に4年ぶりのことです。
新井千鶴(柔道)の得意技は足技!強さは柔道界の名監督・柳沢久の教えにあり
新井千鶴(柔道)の得意技は、出足払・送足払・内股。つまり、相手の足を払って投げる足技が中心です。新井千鶴自身も、「自分の柔道は足」と語っています。172センチの長身から繰り出される足技はかなり強烈と言え、新井千鶴の絶対的な強みと言えるでしょう。この最強の足技は、柳沢久監督の指導の賜物とか。柳沢久監督は、まったく普及していなかった日本女子柔道を、1980年代以降、世界に知らしめた立役者として有名です。
三井住友海上の女子柔道部を立ち上げて以降、1996年のアトランタオリンピックでは、恵本裕子を日本初の女子柔道で金メダルへと導き、今もなお現役で指導にあたっています。そんな偉大な監督と才能に恵まれた新井千鶴が出逢ったのですから、これまでの結果はなるべくしてなった結果と言えるかもしれません。
新井千鶴(柔道)が苦境を乗り越え2020年東京オリンピック目指す!
新井千鶴(柔道)の勢いが止まりません。2017年2月の「グランドスラムパリ」では優勝を果たし、世界ランキング1位に上り詰めました。同年9月に行われた「世界選手権」では、かつて5位だった雪辱を晴らすかのように、女子70キロ級で初の優勝を遂げています。
もともとその強さは折り紙付きの新井千鶴ですが、2017年の好調さがひときわ際立つのは、2015~2016年に思わぬ負け続きとなったからです。実業団デビュー当初からトップ選手だった新井千鶴は、周囲からも「リオオリンピック代表は確実」と見込まれていたにもかかわらず、まさかの代表落ちを経験しました。
しかも、目指していたリオオリンピックの表彰台の真ん中に立ったのは、ライバルとして代表の座を争ってきた田知本遥。その悔しさはいかばかりだったでしょうか。この頃が、新井千鶴のキャリアにおいて、一番の暗黒期ともいえる屈辱の時期だったことは間違いありません。
しかしそれに腐ることなく、「金メダルは遠くない」と自分に言い聞かせて頑張り続けた新井千鶴。その努力がようやく実を結び、2015年に5位に沈んだ「世界選手権」で堂々優勝。強い気持ちで臨み、世界一になれたことを「素直にうれしい」と喜びの気持ちを表現しています。
ここまでくれば、あとは2016年に目前で逃したオリンピック出場を目指すのみ。すでに、2020年の東京オリンピック出場&優勝に向けた練習に取り組み始めているそうです。「常に挑戦する気持ちで目の前の大会を1つ1つ、確実に勝っていく」との言葉からは、余計な力みは感じられません。この勢いのまま、ぜひリオオリンピックのリベンジを果たしてほしいですね。