「百姓貴族」 は「ハガレン」「銀の匙」作者・荒川弘の実録農業エッセイ漫画
◆連載開始:2006年(「ウンポコ」)
◆掲載誌:月刊ウィングス(2009年~)
◆コミック1巻発売日:2009年12月11日
「鋼の錬金術師」(通称:ハガレン)で一躍人気漫画家となった荒川弘が、同作の原稿を執筆する合間の息抜きとして始めた農業エッセイ漫画「百姓貴族」。連載開始のきっかけは、季刊漫画雑誌「ウンポコ」の編集者・イシイさんが発した一言でした。
「農業エッセイ漫画って、あまり無いですね」
お互いの好きな漫画を話している中で出た何気ない一言でしたが、これをきっかけに「百姓貴族」の連載が決定。3ヶ月に1回発行の季刊漫画雑誌「ウンポコ」にて、1話8ページの連載を2006年に開始します。同誌が第17号で休刊した後は、隔月刊の漫画雑誌「ウィングス」に移籍。2019年に連載14年目に突入する人気エッセイ漫画になりました。
荒川弘と農業というフレーズにピンと来ない方が多いかもしれませんが、荒川弘の実家は、ひいおじいさんの代から続く専業農家です。荒川弘自身も、農業高校を卒業してから漫画家になるために上京するまでの7年間、実家のある北海道で農業に従事していた経験があります。この7年間で荒川弘が蓄えた豊富なエピソードが、「百姓貴族」の大きな原動力です。
「百姓貴族」は荒川弘初のギャグエッセイ
「百姓貴族」の連載がスタートするまで、荒川弘の連載作品といえば、「ハガレン」の略称で多くのファンを持つ「鋼の錬金術師」。錬金術が存在する架空の世界を舞台としたダークファンタジーで、コミカルなシーンが挟まれるものの、基調としてはシリアスな展開が続きます。
そこに突然始まった、北海道が舞台の農業ギャグエッセイ漫画「百姓貴族」。元々「ハガレン」でギャグセンスは見え隠れしていたものの、あくまで同作はシリアス路線。荒川弘がここまでギャグに振り切った作品を描けることに、驚いた読者も当時は大勢いました。
「百姓貴族」の主人公は荒川弘自身で、ホルスタイン牛を擬人化させた「牛人間」として登場。荒川家の面々も牛人間になっており、体色や模様、装飾品などで描き分けられています。本作では、そんな彼らが生活を営む「荒川農園」での日常がコミカルに描かれています。
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「百姓貴族」は「銀の匙」と対になる作品
皆さんは「銀の匙 Silver Spoon」をご存じでしょうか。荒川弘が2011年に連載を始め、今も「週刊少年サンデー」で連載が続いている学園漫画です。「銀の匙」の舞台は、荒川弘が当時通った北海道の農業高校がモチーフ。物語では、高校受験に失敗して周囲から逃げるように寮制の大蝦夷農業高校に進学した主人公・八軒勇吾が、農業を通して人間的に成長していく様子が描かれています。
「銀の匙」には、「百姓貴族」と共通するエピソードが多く登場します。たとえば、育てた家畜を潰す=食肉にする、というエピソード。「銀の匙」では、動物の命を人間の都合で奪うことをためらう主人公の姿が数話にわたって描かれるほどの重要なエピソードですが、「百姓貴族」ではそのシーンでさえも「ごめんよっ!!!」というセリフとともに、実にコミカルに描かれます。
そこには、「百姓貴族」を気軽に笑って読める作品にしたいという荒川弘の考えがあるようです。同じエピソードでも二作品で切り口が全く違うので、片方の作品を手に取った方は、もう一方の作品と読み比べてみると面白い発見がたくさんあるはずです。
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「百姓貴族」では想像を超える豪快なエピソードが盛りだくさん!
「百姓貴族」の魅力は、なんといっても荒川家の個性的な面々が織りなす豪快なエピソードの数々。なかでも強烈な個性を放っているのは、荒川弘の父親(通称:親父殿)です。
親父殿の逸話は
・真冬の北海道で、風呂上がりにパンツ一丁で牛舎に行き、牛のお産を手伝う
・子供の頃、農耕馬にアゴを蹴られて骨折する
・トラクターで息子をうっかり轢きかける
など、枚挙にいとまがありません。
他にも「農家の常識は社会の非常識」とばかりに、一般人の生活からは考えられないエピソードが並びます。
・国産牛肉やメロンといった高級食材が日常的に食卓に並ぶ
・税金対策で新車をポンと買い替える
といった“貴族エピソード”があるかと思えば、
・秋の収穫期には睡眠時間を含めた自由時間が4時間程度しかなく、それ以外の時間はすべて牛の世話と畑仕事に取られる
・少しでも手が空いたら他の農家へ手伝いに行き、疲労で倒れたら周りがフォロー(倒れるまでは働かされる)
という社畜、ブラック企業もビックリの苦労話も。「農家って大変そうだけど、実際のところどんな生活を送っているんだろう」という読者の素朴な疑問に、想像の斜め上をいく答えを返してくれるのが「百姓貴族」の大きな魅力です。
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9割ギャグ、残り1割でシリアスな現実に切り込むバランス感覚
「百姓貴族」で語られるエピソードは随所にギャグが散りばめられ、全体として笑って読めるストーリー構成です。荒川弘も「農業に興味を持ってもらいたい」より「笑ってもらいたい」という気持ちで本作を描いているとインタビューで公言しています。
とはいえ、生きている動物を扱う仕事である以上、前述の家畜を潰す話の他にも、生まれてから立ち上がれない仔牛の扱いや、親牛の体内で仔牛が死んだ時の対処など、生々しいエピソードも避けては通れません。
しかし、エピソードの配分の仕方がうまく、体感として9割は純粋に驚き、笑える内容。残りの1割でシリアスな話題に切り込むという塩梅のため、読者はあまり重く感じずに済み、なおかつ読み終わった後に少し考えさせられる絶妙な読後感を味えます。
「百姓貴族」第6巻は、2019年11月23日発売予定。コミックの刊行は2年に一度のペースなので、待望の最新巻です。まだ読んだことのない方は、最新巻が出る前にぜひ1巻を一度手に取ってみてください。
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