2022年9月15日 更新
柳井正(ユニクロ社長)の生い立ちや経歴は?資産はナント日本一!
◆出身:山口県
◆ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長
◆配偶者:柳井昭代
柳井正の生い立ち!ユニクロ社長として商売に目覚めたのはいつ?
柳井正(やないただし)は、「ユニクロ」グループを運営する持株会社、ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長。父親が山口県宇部市で「メンズショップ小郡商事」という男性向けの洋品雑貨店を経営しており、3人兄弟で姉と妹の間にはさまれた長男として生まれました。
早稲田大学に進学し、折しも大学紛争の真っ最中でしたが、一貫してノンポリ学生として過ごした柳井正。 大学卒業後は、定職に就いていなかったそうですが、父の勧めにより、当時著しく業績を伸ばしつつあったスーパーの1つ、ジャスコに入社します。
しかし柳井正は、入社早々、仕事に飽きてしまったのだそう。1年も経たたないうちに会社を辞めて、郷里に戻って家業を手伝うようになりました。それまでの従業員が辞めてしまい、1人で全ての業務をこなすうちに商売の面白さに目覚めていったといいます。
当時の中国地方は広島に本社を構える「洋服の青山」など、紳士服の激戦区。1984年、父から店を任され社長に就任した柳井正は、他店とは競合しない、日常的なカジュアル衣料をコンセプトにした店づくりを行い、全国展開を目指しました。
柳井正がユニクロでカジュアル衣料を扱うことにした理由は?
柳井正が、なぜカジュアル衣料を扱うようになったかというと、紳士服のように接客を必要せず、物が良ければ売れるという点が自分の性に合っていたためだそうです。「ユニクロ」という名前は、「ユニークな衣料 (clothes) 」を扱う、「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」に由来します。
柳井正が社長になってしばらくすると、日本経済はバブル崩壊を経て、長い冬の時代に入りました。しかしユニクロは、安くてもセンスのよいカジュアルブランドとして、格安のダウンやフリース、ヒートテックのような機能商品など、独自の高価値商品を次々と開発。衣料業界に止まらず、ファッション業界においても、独り勝ちと言える状況を今日まで続けてきたのです。
柳井正は、個人資産額日本一の億万長者!自宅も別荘もすごい!
ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長である柳井正は、アメリカの経済誌「フォーブス」が発表した2020年度世界長者番付によると、なんと個人総資産が197億ドル(約2兆2500億円)。日本人トップとなり、世界でも41位にランク付けされています。2年連続で日本人トップを獲得しました。
まさに日本一の大富豪である柳井正は、自宅もまた桁違いの豪邸です。ゴルフの練習場やテニスコートを有する自宅があるのは、渋谷区大山町。約2600坪と言われている敷地内にある別邸には、次男一家が暮らしています。この次男夫婦の間には、柳井正の孫にあたるひとり娘がいます。
同じ敷地内に住んでいるため、柳井正は忙しい日々のなかでも、しっかり家族とコミュニケーションをとることができているのではないでしょうか。渋谷区の豪邸のほか、ハワイ・マウイ島に別荘を持っている柳井正。現地では、2か所のゴルフ場を買収しています。
柳井正(ユニクロ社長)の名言から学ぶ成功哲学!妻や子供は?後継者は息子ではない?
柳井正の名言! 挑戦が生んだユニクロやGU
柳井正のこれまでの歩みを振り返ると、カリスマ的な経営手腕が時流を引き寄せ、ファーストリテイリングという企業を成功へと導いてきたことが見えてきます。
経営者として独自の哲学を持っている柳井正は、あらゆる機会において、それを言葉にしています。仕事を「団体競技」と表現する柳井正。仕事を通した人との触れ合いのなかで、「自分を磨いてもらう」のが大切なのだそう。
若い年代に向けては「天命を知るのに若すぎることはない」という言葉を発しており、自分にできることは何なのかを、いかに人生の早い段階で知ることができるかが大切と考えているようです。仕事観については、若いうちから「会社とは」「仕事とは」といったことについて、深く考えるべきだと語っています。
シンプルながら深い「10回新しいことを始めれば9回は失敗する」「人生でいちばん悔いが残るのは、挑戦しなかったこと」といった名言からは、行動することに重きを置いてきた柳井正の経営論がうかがえます。仕事や人生に迷った時、柳井正のストレートな言葉からはヒントをもらえそうです。
柳井正の妻や子供とは? ユニクロを動かす後継者は息子ではない?
柳井正の妻はもともとは通訳をしており、働いていた頃は当時の柳井正の3倍も稼いでいたといいます。しかし若い頃から仕事に没頭する夫を支えて家庭を守り、息子2人を立派に育てあげました。
柳井正の長男・一海はゴールドマン・サックス、次男・康治は三菱商事出身です。長男の一海は44歳で、次男の康治は41歳で、ともにファーストリテイリングの取締役に就任しました。
かねてより世襲を否定している柳井正。息子は2人とも重要なポストに就いていますが、「経営者にするためではない」「後継者になるという意味ではない」と語っています。
もともと、自身の引退については「70歳」と明言していた柳井正ですが、実際には70歳を超えてもなお、その座を退いていません。多くの人々が注目しているであろう、ファーストリテイリングの後継者。カリスマ経営者である柳井正の信念を受け継ぐ人物は、いったい誰なのでしょうか。
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柳井正(ユニクロ社長)は資産家として社会貢献のスケールもすごかった!描く未来は?
柳井正は日本が誇る資産家として100億円を寄付!社会全体に影響する貢献をセレクト
稀代の経営者であるとともに、日本を代表する資産家でもある柳井正。これまでに、社会貢献の一環として、いろいろな場面で自身の財産を寄付しています。
2011年3月に発生した東日本大震災の際には、10億円を寄付したと報じられました。さらに2020年6月24日、ノーベル医学・生理学賞を受賞した、京都大学の本庶佑特別教授と山中伸弥教授とともに、会見に出席した柳井正。医学の世界での最大の問題を「ウイルスとがん」としたうえで、本庶佑特別教授がセンター長を務める「がん免疫総合研究センター」と、山中伸弥教授の研究に対して、総額100億円を寄付すると発表しました。
「がん免疫総合研究センター」には10年間、毎年5億円を寄付。この寄付金は、研究費や人件費に充てられるとのこと。また山中伸弥教授には、新型コロナウイルスの研究費として5億円と、iPS細胞関連の施設建設などに、今後9年間、毎年5億円を寄付することを明かしました。この100億円がいずれ、大勢の人の命を救うことになるのかもしれません。
柳井正が描くユニクロ、ファーストリテイリングの未来!鍵はデジタル化とグローバル化?
新型コロナウイルスの影響で、苦境に立たされているアパレル業界。閉店あるいは、廃業に追い込まれた企業も少なくありません。天下のユニクロも例外ではなかったようで、当初は大きく売り上げが下がったと、柳井正自ら明かしています。しかしその後、前年以上の売り上げを記録するまでに回復したそうです。
2020年6月には、新形態の店舗を原宿にオープンさせました。テーマは「デジタルとリアルの融合」。壁に設置されたタブレットには、ユニクロのアイテムを着用したモデルや一般人のコーディネートが映し出されています。
柳井正はコロナ禍を経て、デジタル社会への移り変わりが急速に進んだと感じているそうで、企業として、「それに対応しなければ」との考えを強く持っているようです。
またかねてよりこだわってきた「グローバル化」については、改めてその大切さに気付いたのだとか。グローバル化こそ、「日本が生き残る道」であると語っています。
時代の流れや人々のニーズを敏感に読み取り、ファーストリテイリングを日本を代表する企業にまで成長させた柳井正。いつか引退するその日まで、大いにその経営手腕を発揮させてほしいところです。
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