伊東四朗の死去、急死、死亡報道が多すぎる!その真相とは?

伊東四朗の死去、急死、死亡報道が多すぎる!その真相とは?

伊東四朗の死去、急死、死亡報道が多すぎる!その真相とは?

伊東四朗が、「伊藤四郎」と間違えられて死亡説

伊東四朗と言えば、今やビックネームであり、年齢もかなりいっています。当然何かあればニュースにもなるし、亡くなりでもすればたいへんなことになるでしょう。先日、そそっかしい人が、伊藤四朗と言う別人の死亡記事を間違って、伊東四朗が死んだとネットにアップし、それがまたたく間に拡散。大騒動となりました。

伊東四朗はこの話を聞いて、「今度はあなたが間違えられる番ですよ。ドーン!」と、喪黒福造口調で怒ったとか……。ニン!(これも、伊東四朗往年のギャグです)

伊東四朗は、キャンディーズと共演した名コメディアン

伊東四朗は、今でこそ、硬軟オールマイティの名わき役で知られる存在です。しかし若い方には、「どーかひとつ」、コメディアンとして吹っ切れていた若い頃の伊東四郎を知っていただきもの。伊東四朗は、1937年生まれで、もうなんと78歳になりました。テレビドラマには欠かせない俳優として活躍していますが、デビューは、戦後の浅草の軽演劇出身で、1960年代は、三波伸介、戸塚睦夫とてんぷくトリオを組んで、一世を風靡します。

しかし戸塚、三波が相次いで亡くなり、その後、ピンのコメディアンとなった伊東四朗。70年代後半には、伝説のアイドルグループ、キャンディーズとともにTBS「みごろ!たべごろ!わらいごろ!」で、親子コントを演じたり、「電線マン音頭」のベンジャミン伊東というキャラクターが爆発的人気となったりします。そして1983年、NHKの「おしん」でヒロインの父親役を演じてから現代までは、もっぱら俳優業がメインとなりました。しかし伊東四朗自身は、喜劇役者であることにこだわりを持ち続けているようです。

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伊東四朗と吉田照美ラジオ「伊東四朗・吉田照美 親父熱愛」がオモシロすぎる!

伊東四朗と吉田照美の生ラジオ「伊東四朗・吉田照美 親父熱愛」

伊東四朗は、ラジオのレギュラーも持っています。1997年春から始まった、毎週土曜日15時から17時の生放送「伊東四朗・吉田照美 親父熱愛(おやじパッション)」です。この番組では、伊東四朗の素に近い、昭和のおやじ的語り口が人気で、おやじたちの社会やものに対するさまざまな怒りや思い入れが、吉田照美との軽妙な掛け合いで展開しています。

番組で伊東四朗は、若者たちの言葉使いや非礼ぶりをよく怒っています。例えば、「『なにげに』っていう言葉はないんだよ、本当は『なにげなく』だからね」や、「『すごい早い』っていう言葉はおかしいよ。形容詞と形容詞がくっつくことはないんだから、本当は『すごく早い』だからね」など、伊東四朗は、怒らせたらなかなか恐いおやじです。

伊東四朗と小松政夫の名(迷)コンビがオモシロすぎる!」

伊東四朗は、東京は台東区の下町で育ち、戦後の浅草演芸場で芸人のいろはを教わった根っからのお笑い芸人であり、喜劇役者なのでしょう。TBS「みごろ!たべごろ!わらいごろ!」では、キャンディーズだけでなく、小松政夫との爆笑コントがいまや伝説となっています。小松政夫は、クレイジーキャッツの植木等の付き人からコメディアン、そして今では名優として知られています。そのコントセンスは抜群で、後年タモリと組んだ「製材所コント」などでも有名です。

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伊東四朗と小松政夫が突然歌い踊る「ニンドスハッカッカ、マー! ヒジリキホッキョッキョ! トーベトベトベガッチャマン〜、ガ〜ッチャマンニマケルナ、マケルナガッチャマン、ワ〜!」というキテレツなパフォーマンスや、「どうかひとつ!なが―い目でみてやってください」と両目尻を両手で伸ばす人を食ったギャグ、そして「悪りーね、悪りーね、ワリーネ・デイートリッヒ」や「よーやる、よーやる、よーやるゼリー」などという、どうしようもないしゃれなどを駆使した伊東四朗と小松政夫のコントは、ナンセンス、シュールの極み。

しかも、それを毎回アドリブの中にいくつも織り込むのですから、見る側にとっては飽きることがありませんでした。伊東四朗のように本物のコメディアンは、今の若手芸人のように、自分たちの中だけで完成された笑いでなく、アドリブの中で、自在に笑いを引き出すことができるということでしょう。

伊東四朗が、V6三宅健に教えた礼儀の大切さ

伊東四朗を尊敬する芸能界の若手のひとりに、ジャニーズV6の三宅健がいます。三宅健は、この夏出演した日本テレビ「行列ができる法律相談所」で、伊東四朗とのこんなエピソードを語りました。三宅健と伊東四朗は、97年から10年間、日本テレビ「伊東家の食卓」で共演して以来のつき合いですが、6年前の正月、伊東宅を訪問する際、約束の時間に1時間遅れてしまったそうです。三宅が近くの駅に着き、到着が遅れてしまったことを詫びる電話を入れたところ、なんと伊東四朗は直前まで駅で待っていてくれたそうで、三宅健があわてて家に着くと、伊東四朗はそれでも、あたたかく迎えてくれたそうです。

翌日、三宅健が「昨日は寒い中、お待たせして申し訳ありませんでした」と謝罪のメールを送ったところ、伊東四朗から「気にするな。待つほうは何もつらくない。待たせてしまったお前のほうが申し訳ない気持ちになってつらいはず。だから謝らなくていい」との返信をもらったという話でした。

三宅健は、客として相手を訪問する際、約束の時間に遅れてしまったときの連絡や、後のフォローの仕方などを、伊東四朗との長年のつき合いの中で、それなりに学んでいたことが想像できます。さらに、礼儀を尽くせば、相手も寛容に迎えてくれるということを、伊東四朗は三宅健に教えたものと思われます。

しかし、伊東四朗に礼儀が大切だと教わったと自負しているほど、三宅健が礼儀正しいかと言えば、そうも見えませんが……。いずれにせよ伊東四朗には、芸能界の頑固おやじとして、今後もがんばり続けてほしいものです。

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