戸田奈津子さん左目を病気で失明しても誤訳が多いと言われても翻訳への情熱は失わず!(文京区出身)

戸田奈津子さん左目を病気で失明しても誤訳が多いと言われても翻訳への情熱は失わず!(文京区出身)

数々の洋画の翻訳をされてきた映画字幕翻訳家の戸田奈津子さん。洋画のエンディングでその名前を目にすることは多いと思います。先日、左目の視力を失っていることをテレビのインタビューで明かしました。

戸田奈津子さん 左目が加齢黄斑変性だった

戸田奈津子さんの字幕翻訳ペース週1本ペースが月1本に落ちてしまった!

現在78歳の戸田奈津子さんは、58歳のときに加齢黄斑変性と診断され、60歳ごろからグラフ用紙や障子の桟が曲がって見えるようになっていたそうです。また、8年前から症状はさらに悪化し、字幕翻訳に支障をきたすように。
今まで週1本ペースだった戸田奈津子さんの字幕翻訳は、右目だけを使い、月1本ペースで続けています。年齢的なこともあるようですが、それでも、「片方は見えているからまだやれる。楽しい仕事だし、好きで選んだのだから。」と、どんなにペースを落としても、やれる限り翻訳をやり続けたいとおっしゃっています。生涯の仕事を貫く姿勢、見習わねば、です。

戸田奈津子さんの病気、加齢黄斑変性とは

眼の網膜にある黄斑という部分が、加齢により変化して視力が低下する病気です。網膜の中心部にある黄斑は、物を見る要の部分です。症状として、視野の中央が見えにくくなり、ゆがんだり暗く見えたりします。進行しますと、視力低下や失明に至ることもあります。欧米では失明原因の大半を占めており、日本も食の欧米化によって患者数が増えているようです。早期発見で進行を遅らせることはできますが、現在の治療方法ではまだ完治には至らないそう。しかし、今話題のiPS細胞を使った移植手術で治る可能性が見え、研究が進められています。

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 戸田奈津子さんはどんな人?

戸田奈津子さんは、映画字幕翻訳家、通訳者であり、大物ハリウッド俳優と仲良し

・東京都出身(1936年7月3日生まれ)
・お茶の水大学附属小・中・高校、津田塾大学学芸学部英文学科卒業
・映画翻訳家協会元会長
・1992年 第一回淀川長治賞受賞
・1995年 ゴールデングローリー賞受賞
・『字幕の中に人生』など著書多数
・主な字幕に、インディ・ジョーンズ、フォレスト・ガンプ、タイタニック、ハリーポッターシリーズなど
努力家で映画と翻訳が大好き好きな映画と英語を仕事にしたいと、会社員やフリーの翻訳をしながら映画字幕翻訳家を目指していたそうです。長い下積みを経て、1980年「地獄の黙示録」でプロとなり道が開けました。気さくな人柄から、来日する映画俳優からご指名で通訳を依頼されるそう。仲の良い俳優にトム・クルーズやブラッド・ピットなどがいて、トム・ハンクスには、「ママ」と呼ばれていたとか。映画の字幕離れが進みつつありますが、戸田さんは若い人たちにも文字の大切さを知ってほしいと考えていらっしゃいます。

 戸田奈津子の出身地 東京都文京区小学校から高校まで通った街とは

戸田奈津子の出身地 東京都文京区は歴史と文化に恵まれている

文京区には、水戸徳川家上屋敷の庭園だった小石川後楽園(東京ドームの隣り)、江戸大名庭園の特別名勝・六義園(巣鴨のとげぬき地蔵が近くにある)、徳川綱吉による権現造りの根津神社など、徳川家ゆかりの地です。また、弥生美術館や竹久夢二美術館など、芸術にふれることができます。

 戸田奈津子の出身地 東京都文京区御茶ノ水は大学、学校がひしめく

戸田さんが小・中・高を過ごしたお茶の水大学周辺には、東京大学を始めとする有名大学が数多くあります。学生の街には、好奇心の対象となるものが当時からたくさんあったはず。映画館などの娯楽も多い都会で、母に連れられて映画館に通ったことで映画が好きになるという、まさに土地柄が戸田さんを育てたと言えますね。

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