市村正親と元妻・八重沢真美(劇団四季)の離婚原因は?子供はいたの?妻・篠原涼子とのこれまで!

市村正親と元妻・八重沢真美(劇団四季)との離婚原因は?子供はいたの?


市村正親のプロフィール
◆生年月日:1949年1月28日
◆出身:埼玉県
◆身長:170cm
◆血液型:A型
◆所属事務所:ホリプロ

市村正親の元妻は劇団四季の八重沢真美だった!篠原涼子とは再婚

市村正親は、2005年12月に篠原涼子と結婚しました。24歳離れた「年の差婚」で話題になった2人が出会ったのは、2001年に共演した舞台「ハムレット」です。2008年5月には第一子となる男の子が誕生。市村正親は59歳で父親となりました。その後、2012年2月には第二子となる男の子が誕生し、現在は2児の父親です。

実はこの結婚、篠原涼子は初婚ですが、市村正親は再婚です。篠原涼子と出会った時、市村正親はまだ結婚をしていました。

市村正親の元妻とは劇団四季の女優、八重沢真美です。3歳からバレエを始め、将来を嘱望されていた八重沢真美。しかし、故障のためバレリーナの道を断念し、1982年に劇団四季に入団しました。

そして、1983年5月に「アンデルセン物語」で市村正親と共演した翌年の1984年に、2人は結婚。しかし、2005年に離婚しています。

市村正親と元妻・八重沢真美(劇団四季)の離婚原因は?子供は?

市村正親と元妻・八重沢真美は、2005年に離婚するまで、21年にわたって結婚生活を送っていました。

八重沢真美は結婚後も、しばらくは劇団四季の女優として活動を続け、1989年の「M.バタフライ」で市村正親と共演しています。しかしその後は、舞台の仕事を控え、市村正親を支えるようになっていたようです。

市村正親と元妻・八重沢真美の間に子供はいませんでした。いつかは独身に戻る予感がしていて子供を作らなかった、とも取れるコメントを元妻・八重沢真美はインタビューで答えています。

舞台俳優というのは、全国を回らなければならず大変な忙しさです。加えて、八重沢真美は、市村正親の派手な女性関係にずっと悩んでいたようで、市村正親が篠原涼子と知り合う前から、夫婦生活は破綻していたのではないかとの噂もありました。離婚を決意した原因について本人が発言した言葉は世に出ていないようで、子供についての問題だったのか、篠原涼子との関係だったのか、その胸の内については当人にしかわかりません。

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市村正親出演のミュージカル「オペラ座の怪人」「ミスサイゴン」

劇団四季在団中の、1988年と1989年に「オペラ座の怪人」に出演し、「ファントム」を演じた市村正親。ファントム役は「神に引き合わされたかのようだった」と語っています。

「オペラ座の怪人」の舞台は19世紀末のパリ。歌や音楽の才能にあふれたエリックはその醜い容姿のため、オペラ座の地下に隠れていました。エリックが身を隠して、コーラスガールのクリスティーヌ・ダーエに歌を教えているうちに恋をしてしまったことから悲劇が起きる、というストーリーです。

そのステージは、今でもファンの間で伝説として語り継がれています。市村正親のファントムを見てミュージカルが好きになったという人も多いようです。

劇団四季退団後に何度も出演している「ミスサイゴン」もまた、市村正親の代表作。市村正親が演じたのは、キャバレーを経営するエンジニア役です。

ベトナム戦争末期、サイゴン(現在のホー・チ・ミン市)のエンジニアが経営するキャバレーで働く主人公キムは、そこで出会ったアメリカ兵クリスと恋に落ちます。永遠の愛を誓うも、戦争後クリスはアメリカに帰国。キムは独りでクリスとの子タムを産み、迎えに来てくれることを信じて待つ、といった内容です。

アメリカンドリームを夢見て、したたかにたくましく生きるエンジニア。市村正親は、このエンジニア役を1992年の初演当時から演じています。「ミスサイゴン」は、世界各国で上演さていますが、市村正親が演じるエンジニアは、「世界一のエンジニア」と大絶賛。目の肥えたミュージカルファンたちをうならせる、演技力を見せつけています。

市村正親、病気や怪我を乗り越える役者魂!妻・篠原涼子は命の恩人

市村正親は、2014年7月に胃がんの手術をしています。発見するきっかけになったのは、妻・篠原涼子の強いすすめで受けた検査。初期の段階で発見されたのが幸いし、腹腔鏡手術で済みましたが、それでも胃の1/2を切除したそうです。

さらに2015年9月中旬頃には、出演中だった舞台「NINAGAWA・マクベス」の最中に、右ひざ半月板を損傷。しかし、応急処置でしのぎ、千秋楽まで舞台を休むことなく、役者魂を見せました。

結局、公演終了後の10月21日に手術したと言います。この熱さがファンを惹きつけてやまない市村正親の魅力の一つなのでしょう。代役を立てるほどのことではないと判断したのかもしれませんが、舞台は歌い踊り、走り回ったりと体力を使います。痛みに耐えながら1カ月も演じ続けていたのですから、家族も心配だったはずです。

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市村正親と篠原涼子の別居は不仲が原因ではなかった!ミュージカル「生きる」に出演!

市村正親と篠原涼子に別居報道が出るも、その真相は不仲でなく家族愛?

2020年8月、市村正親と篠原涼子が3月初旬から別居しているという報道が出ました。週刊誌「女性自身」の取材に対し、事務所も別居を事実と認定。不仲なのか、離婚かと案じられるところですが、その実際は逆で家族愛に満ちた事情だったようです。

市村正親の妻・篠原涼子事務所のコメントによると、篠原涼子が2020年6月17日から8月5日まで放送されたドラマ「ハケンの品格」第2シリーズの撮影などで多くの人と接するため、新型コロナウイルス感染から市村正親と子供を守るための処置だったとのこと。市村正親は胃がんを経験しており、70代。新型コロナウイルスに感染した場合には重症化してしまうリスクが高いこともあって、配慮したようです。

篠原涼子にとっても、神経をすり減らさずに仕事に集中できる環境だったことでしょう。緊急事態宣言で撮影が休みだった2ヶ月間は家族で過ごしていたことも伝えられています。不仲どころか、お互いの仕事に理解をもち、柔軟に対応する夫婦の姿が浮かび上がる報道となりました。

市村正親の出演ミュージカル「生きる」が2020年に再演

今まで数々の、代表作と言われる作品に出演してきた市村正親。2018年10月に鹿賀丈史とのWキャストで上演された「生きる」もまた、そのなかのひとつです。「国産ミュージカルの記念碑」とも言われるこの名作が、2020年10月に日生劇場で再演される予定です。

演出を手がけるのは日本を代表する演出家・宮本亞門。作曲や脚本もまた、受賞歴のある豪華なクリエイター陣が担当しています。ミュージカル「生きる」は、東京公演のほかにも富山・兵庫・名古屋公演が決定しており、2018年の初演を観たファンも、そうでないファンも、観劇できる日を待ちわびているのではないでしょうか。

市村正親は1973年、劇団四季のオーディションに合格し、役者デビューを果たしてからずっと走り続けています。舞台は、毎回が本番。常に全力で挑まなければなりません。これほど長い間トップ俳優の座をキープし続けるのは、並大抵の努力では不可能でしょう。誰にも真似できないその熱い役者魂で、これからも観客を魅了し続けてほしいものです。

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