宮沢りえが語る森田剛との現在や亡き母親への思い!父親は?中村勘三郎や貴乃花との過去とは

2021年4月8日 更新

宮沢りえが母親・りえママへの思いを吐露!ハーフで父親はオランダ人!


宮沢りえのプロフィール
◆生年月日:1973年4月6日
◆出身:東京都
◆身長:167cm
◆血液型:B型
◆所属事務所:エムツー企画

宮沢りえが亡き母親・りえママへの思いを吐露

女優の宮沢りえ(みやざわりえ)は過去のインタビューで、子供だった当時、資生堂のCMに出ていた山口小夜子に憧れて、モデルを志していたと語ったことがあります。

今や日本を代表する女優となった宮沢りえですが、女優・宮沢りえのこれまでを語る上で、忘れてはならないのは、りえママと呼ばれていた母親の存在です。

ステージママとして宮沢りえを全面的にサポートするだけでなくプロデュース業にも優れており、既存の芸能事務所に娘を託すのではなく、りえママが管理していました。

17歳のときに出した写真集「Santa Fe」(1991年11月出版)は165万部を超えるベストセラーとなり、宮沢りえの人気を不動のものに。一時は一卵性母子と言われた宮沢りえと母親でしたが、メディアでは鋭い言葉で表現されることも少なくありませんでした。

宮沢りえは、2020年12月に公開された「Yahoo!ニュース」のインタビューの中で母親が悪く言われることが嫌だったという当時の心境に触れたのち、「母親は私と比べものにならないぐらい、優しくて、穏やかな人だった」と、その人柄を振り返っています。

「この世界で娘の価値観をきちんと保ちながら、人間として普通に生きていくのは、生半可なエネルギーじゃなかったと思う。本当に大変な思いをさせたなと思います」と、亡き母に感謝している様子です。

2014年9月に母親は亡くなっていますが、宮沢りえは「死というものは、必ず私にも訪れる。その時期はいつなのか分からないけど、そのときまで、生きるということをまっとうしたい」とも語っていました。

宮沢りえはハーフ!父親はオランダ人

宮沢りえは1973年4月6日生まれ、東京都練馬区の出身。父親はオランダ人で、母親が日本人のハーフです。幼少期に両親が離婚したため、本人は父親と会話した記憶がほとんどないのだとか。母親からは別れの経緯ではなく、素敵なラブストーリーを聞いていたのだそう。

子供の頃から周囲と異なるオーラを放っていた宮沢りえは、11歳の時にモデルとしてデビューし、「週刊セブンティーン」の表紙モデルとなりました。宮沢りえをトップアイドルにしたのは「三井リハウス」のCMで演じた初代リハウスガール白鳥麗子役です。

その後、1989年、初主演映画「ぼくらの七日間戦争」で日本アカデミー賞新人賞を獲得。小室哲哉作曲の「ドリームラッシュ」で歌手デビューしました。翌年1990年には、「第41回NHK紅白歌合戦」に「のびのびと歌いたい」との本人の希望で初の中継出演を果たしました。

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宮沢りえと貴乃花の婚約解消、黒幕とは!離婚した元旦那との間に娘がいて現在の夫はV6森田剛

宮沢りえと貴乃花の婚約解消、黒幕だと告白したのは美川憲一

宮沢りえの芸能人生に転機が訪れたのは、1992年のこと。突然の婚約発表を行ったのです。相手は当時関脇だった貴花田(今の貴乃花光司)でした。

ところが「お互いが人生の最高のパートナーになれなかった」とのコメントを出して、わずか2ヵ月で婚約を解消。当時の相撲界は空前の若貴ブームに加え、芸能界のトップアイドルだった宮沢りえ。この2人の間に本人以外での軋轢があったことは容易に想像できます。

実際、2014年10月にバラエティー番組「上沼・高田のクギズケ!」に歌手の美川憲一が出演した際、りえママから宮沢りえの婚約について話を聞いた美川憲一が自ら宮沢りえに電話をかけ、「あんたもここで、好きだから、って一緒になるんじゃなくて。もう1回考え直して。女優として大成するんだから」と婚約解消するよう説得したと明かしています。

この婚約の解消後、宮沢りえは激やせしてしまい、拒食症と報じられるまでになりました。この時、傷心を支えていたのが、故中村勘三郎といわれ、後に不倫疑惑にまで発展。しかし本人たちはこの疑惑を否定しています。

以後、2002年11月に公開された映画「たそがれ清兵衛」にて飯沼朋江役を熱演。美川憲一が告げた言葉の通り、女優として大成していきました。

宮沢りえの夫はV6森田剛!離婚した元旦那との間に娘

宮沢りえは2009年2月13日に妊娠6カ月であることを所属事務所からFAXで報告し、同年4月上旬に相手と婚姻届けを提出しています。当時の結婚相手は40歳代のハワイ在住、日本人実業家で元プロサーファーとのことでした。

そして2009年5月に第一子である長女を出産しました。しかし結婚生活は長く続かず、2012年5月に離婚協議中であることが報道され、事務所もそれを認めました。2016年3月には、正式に離婚を発表しています。

離婚のほとぼりが冷めた2018年3月、宮沢りえはV6の森田剛との再婚を発表。2020年のインタビューで「一番の軸は、人間であって、女であって、母親であって、妻であるという時間」「自分の中で一番満ち満ちとしている時間」とプライベートの時間を大切に思っていることを語っています。

「幸せは家族と過ごす時間の中で感じることが多いかもしれない」とも述べており、森田剛と娘と一緒に幸せな結婚生活を送っていることが想像できます。

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宮沢りえは映画でも舞台でも実力派に!大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で悪女キャラ?

宮沢りえは映画でも舞台でも実力派に

宮沢りえは映画や舞台でもすっかり実力派女優としてその地位を確立しています。中でも舞台女優としての力量が注目されたのは、2013年5月上演の舞台「おのれナポレオン」で突然の代役に対応したことでした。

公演前から野田秀樹と三谷幸喜の初共作として話題になっていたこの舞台でしたが、直前になって主演の天海祐希が病気で降板。急遽代役として白羽の矢が立ったのが宮沢りえでした。2日半という時間で台本を読み込み、役作りに励んだ宮沢りえの努力が報われ、千秋楽までの4公演は毎回超満員。大きな喝采を浴びました。

女優としての実力を見せつけた宮沢りえは映画でも名演を見せ、2015年2月に「第38回日本アカデミー賞」にて2014年11月公開の映画「紙の月」での演技が評価され、最優秀主演女優賞を受賞。続いて2016年10月に公開された映画「湯を沸かすほどの熱い愛」での演技が評価され、2017年3月の「第40回日本アカデミー賞」にて最優秀主演女優賞を受賞と、一流女優として快進撃を続けています。

宮沢りえが大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で悪女キャラ?

宮沢りえは、これまであまり悪女キャラを演じたことが多くありません。しかし2022年に放送予定の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にて宮沢りえは坂東彌十郎演じる時政の妻・牧の方を演じることが決まっています。

出演に際し宮沢りえは、牧の方が悪女のイメージで知られていることに触れ「あまり悪い女を演じた事がない私にこの役をオファーしてくださったことに、驚きと喜びを感じております」と、この役をオファーされた気持ちを語っています。

「主役の小栗さんをはじめ、一筋縄ではいかない素晴らしい役者さん達の中で、惜しみなく牧の方を愛し、演じようと思います」とその意気込みを語っており、実力派女優・宮沢りえが演じる牧の方像を楽しみにしている視聴者も多いようです。日本の芸能界を代表する女優として、これからも宮沢りえは安定した演技を見せてくれることでしょう。

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