佐々木健介は家族思いのパパ! 父に暴力を受けた生い立ちを告白!妻・北斗晶との運命の出会いの場は?

佐々木健介は元トッププロレスラー!


佐々木健介のプロフィール
◆生年月日:1966年8月4日
◆出身:福岡県
◆身長・体重:180cm・115kg
◆血液型:B型
◆出身校:東福岡高等学校
◆元プロレスラー

佐々木健介は元プロレスラー!メジャー完全制覇の快挙を達成!

佐々木健介は元プロレスラーで今は妻の北斗晶とともにタレントとして活躍しています。佐々木健介は高校を卒業した後、1985年6月21日に長洲力が社長を務めていた新ジャパンプロレスの門を叩き、練習生第一号となりました。

1986年2月16日にデビューを飾ったものの、負けが目立った佐々木健介。しかし彼はそれでもあきらめることなく持ち前のハングリー精神を発揮して前向きに戦い続けてきました。1987年6月には新日本プロレスへ入団し、若手との戦いを重ね、1997年8月には新日本のIWGPヘビー級王冠初戴冠。日本を代表するトップレスラーとして活躍しました。2003年12月にフリー宣言、2007年8月には全日本の3冠ヘビー級王座も奪取し、2008年9月にはプロレスリング・ノアのGHCヘビー級王座を獲得。新日本、全日本、NOAHという国内3つのメジャー団体のヘビー級シングルタイトルを制覇したのはプロレス史上初の快挙でした。

ほかのプロレスラーに比べると身長があまり高くないほうで、それをカバーするがごとく、過酷なトレーニングをこなし、頑丈で厚みのある体を作ってきました。現役レスラー時代は強面の印象でしたが、フリー転身、引退を経て笑顔も増えていったようで、今では一般受けする柔らかい雰囲気のタレントとして親しまれています。

佐々木健介と妻・北斗晶との運命の出会いの場は北朝鮮!交際1カ月でプロポーズ!

佐々木健介の場合、まさに「運命の人と出会った」と言えそうです。北朝鮮に遠征をして、そこで行われた試合の打ち上げに遅れて入ってきた北斗晶が、そばにいた人から「ここに座りなよ」と促されたのが佐々木健介の隣でした。隣に腰掛けた北斗晶を見たその瞬間、佐々木健介は「あ、俺の嫁さんになる」と直感したそう。

そして帰国後、「北斗晶って本名ですか?」といったシンプルな会話から始まり、交際1カ月でプロポーズ。そして結婚へまっしぐら。このスピード、本当に北斗晶以外に結婚は考えられなかったのでしょう。何事にも前向きに一生懸命に取り組む佐々木健介は、人生で逃してはいけないチャンスをしっかりとつかみ、その愛を今も順調に育んでいます。

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佐々木健介は家族思いのパパ!父に暴力をふるわれた過去があった!?鬼嫁キャラ誕生秘話

佐々木健介は家族思いのパパ!本人は父に暴力をふるわれた過去を告白していた

佐々木健介と言えば、家族思いの優しいパパとしても知られています。 1999年9月に出版した著書「光を掴め!佐々木健介自叙伝」などで、自身は父に暴力をふるわれる辛い生い立ちだったことを告白していますが、その姿を反面教師として、愛情に満ちた家庭を築いているようです。結婚3年目に長男の健之介が誕生していますが、妊娠に気づくまで試合を続けていた北斗晶の体調をとても心配していました。妊娠中は北斗晶の体に必要以上の負担をかけないよう、買い物に一緒に行く、家の中のことは佐々木健介がすべて行なうなど、頑張っていたそうです。

長男健之介、そして次男誠之介ともに立ち合い出産をし、父親としての責任と喜びを実感した佐々木健介。たくさんの愛情を注いで育児をこなしてきました。子供達が赤ちゃんだった時は、ミルクを飲ませたりゲップをさせたりはもちろん、育児に関することは一通りこなしたそうです。自分が母乳を出せないことが悔しかったとも語っています。2011年2月、子供達が小学6年生と小学2年生の時に「すてきなパパ」という楽曲をリリース。息子達いわく、その歌詞はパパ・佐々木健介そのままだったようで、当時この歌は保育園や幼稚園を中心に流行りました。しっかりとその愛情が伝わっていたようですね。

佐々木健介と北斗晶、鬼嫁売りで危機を乗り切っていた!

佐々木健介は2002年に新日本を離れ、長洲力が立ち上げたWJプロレスへ移籍しますが、やがてWJプロレスが経営悪化により崩壊してしまいます。その後佐々木健介はフリーのプロレスラーとなりますが、マネージャーを雇うお金も捻出できないほど貧乏になってしまいます。

天龍源一郎からのアドバイスにより、妻・北斗晶が夫・佐々木健介のマネージャーを務めることに。かつて北斗晶自身、自分をヒール役として上手に改革したように、今度はフリーとなった夫のリングコスチュームを変え、事前にしっかり下調べして対戦の組み合わせを練るなどしてそのプロデュースに力を入れました。

その結果、佐々木健介はフリーのプロレスラーとしても活躍し、2004年にはプロレス大賞MVPを受賞しています。同年に、北斗晶は鬼嫁キャラで夫のセコンドを務めて話題をさらったということで、話題賞を受賞しました。夫婦のキャラが面白いということでテレビ出演も増え、今に至ります。

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佐々木健介と北斗晶、闘病を乗り越えて描く未来は?

佐々木健介と北斗晶が2人3脚で乗り越えた闘病生活!

佐々木健介の妻・北斗晶は2015年に乳がんと診断され、そこから家族で踏ん張る闘病生活が始まりました。検査から戻ってきた北斗晶から「乳がんになっちゃった」と報告を受けてから、佐々木健介は「怖くて怖くて心も体も震えました」と語っています。

運命の出会いから様々なトラブルを乗り越え、夫婦の絆をより深めていた矢先の出来事に、そのショックはかなり大きかったようです。子供達にも正直に病気のことを伝え、家族全員で協力しながらの闘病生活。妻そして守るものがいるというありがたみを佐々木健介は痛感し、より家族愛が強まったようです。

佐々木健介が妻・北斗晶の闘病を乗り越えて描く夫婦の未来

息子達も成長し、佐々木健介と北斗晶は夫婦2人での未来について考え始めています。乳がんを乗り越えた北斗晶は「やれることはやれるうちにやっておけ」というポリシーの持ち主。乳がんの闘病生活が彼女の人生観にも大きな影響を与えているようです。

それに対し、佐々木健介は北斗晶がいなくなるなんて考えられない様子。夫婦対談では老後に備え、車を小さい車種へ乗り換えたり、家のことを考えたりなどオーガナイズが得意な北斗晶の提案に導かれていました。愛する「チャコちゃん」こと北斗晶とともに、佐々木健介はこれからも愛情にあふれた素敵な生活を送っていくのでしょう。画面で見ているだけでもお互いを思う気持ちが伝わってくる佐々木健介夫婦は、「こんな夫婦でありたい」という1つのモデルともいえるかもしれません。

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