小沢健二が消えたと思ったらアメリカ人妻と結婚していた!華麗なる家系図!

小沢健二が消えたと思ったらアメリカ人妻と結婚していた!華麗なる家系図!出典:https://matome.naver.jp

小沢健二の結婚相手や子供は?渡辺満里奈と熱愛関係だった?

小沢健二が消えたと思ったらアメリカ人妻と結婚していた!現在は2人の子供のパパに!

小沢健二は、「ラブリー」や「今夜はブギーバック」などのヒット曲で知られる、1990年代に人気を博したシンガーライターです。”オザケン”という愛称で親しまれ、童顔の王子様然とした風貌やファッションから、”渋谷の王子様”ともてはやされた小沢健二でしたが、1998年にアメリカに活動拠点を移した後、日本のメディアへの露出は途絶えていました。

そんな小沢健二の結婚を報じたのは、2010年の写真週刊誌フライデーです。記事によると、結婚相手は、小沢健二より7歳下のアメリカ人写真家、エリザベス・コール。名門ブラウン大学を卒業した才媛です。結婚の時期は不明ですが、小沢健二は、アメリカ在留中に、知人を介して大学院生だった嫁と知り合い、芸術や文学の好みだけではなく、政治や社会に対する考え方が似ていたため、すぐに意気投合したといいます。

また、子供については2人誕生しており、2013年6月生まれの長男は凜音(りおん)、2016年10月生まれの次男は天縫(あまぬ)と、小沢健二自身のHPで名前を明かしました。

小沢健二は渡辺満里奈との熱愛が原因でフリッパーズギターを解散?

小沢健二は、アイドル的人気を誇った全盛期の1995年頃に、女優・深津絵里との熱愛が報じられています。代表曲「ラブリー」は、深津絵里を想って書いた曲だとも言われ、巷では、小沢健二が深津絵里を「子猫ちゃん」と呼んでいたという噂もありました。それは周知されている話ですが、当時、ファンの間では、現在はネプチューン名倉潤の妻となっている元おニャン子クラブのアイドル渡辺満里奈との熱愛関係も語り草だったようです。

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小沢健二は1989年、中学時代からの友人だった小山田圭吾と、2人組のバンド・フリッパーズギターでデビューしましたが、わずか2年後の1991年に解散しています。その解散理由が、小沢健二と小山田圭吾が、渡辺満里奈を取り合って不仲になったからだといいます。渡辺満里奈からのアプローチで、小沢健二との交際に発展した期間があったとされていますが、真相は定かではありません。

おニャン子クラブの解散後、渋谷系の音楽を好んで聴いていたという渡辺満里奈は、1992年に元祖渋谷系である小沢健二の楽曲提供も受けています。そのため、あくまで仕事上の付き合いだった可能性も考えられなくはありません。

小沢健二の華麗なる家系図!学歴やプロフィールは?

小沢健二はマエストロ小澤征爾の甥!父母ともにエリート家系だった!

小沢健二といえば、家系が壮麗すぎることでもたびたび話題になりました。特に、ドイツ文学者で筑波大学の名誉教授だったという父・小澤俊夫の血筋には、知る人ぞ知る著名人の名前がズラリ。小沢健二の叔父にあたる小澤征爾は、日本が誇るクラシック音楽の世界的指揮者であり、その息子で俳優の小澤征悦の他、作家に彫刻家といった文化人ばかりです。

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また、多くの著書を出版している臨床心理学者であった小沢健二の母・小沢牧子の生家・下河辺家も、経済界の重鎮を輩出してきた名家でした。曾祖父はENEOSで知られる日本最大手の石油元売会社JXエネルギー(旧・日本鉱業)の社長で、祖父は競走馬を生産する下河辺牧場の創業者。

その他、医師から音楽プロデューサーまで、きらびやかな肩書を持つ者ばかりが家系に名を連ねています。小沢健二の知的で余裕のある言動には、確かに育ちの良さがにじみ出ていました。しかし、これほど優秀な血の成せる業だったとなれば、いくら憧れようと真似できそうにありません。

小沢健二自身も東大卒の超エリート!出身中学や高校は?

小沢健二は、エリート家系に生まれたただのカリスマミュージシャンではなく、東大卒という肩書も当時としてはかなりのインパクトを与えました。小沢健二は、1968年4月14日生まれの神奈川県相模原市出身。父親の仕事の都合で幼少期をドイツで過ごし、中学は、東京都にある偏差値50程度の私立和光中学へ進学しています。ここまでは、お坊ちゃまにありがちな道を歩いているようですが、和光の高校部に内部進学せず、偏差値68の神奈川県立多摩高校を受験。

幼い頃からの音楽・文学好きが高じて、高校時代は部活動のバンドに熱中しますが、名門・早稲田大学に現役で合格しています。小沢健二の家庭では、良い成績を収めた時にしか子供が小遣いを貰えないという厳しいしつけが行われていました。小沢健二は早稲田大学には進学せず、浪人を選んで、翌年に東京大学文科Ⅲ類に合格していますが、もしかすると、何らかの交換条件があったのかもしれません。

小沢健二「Mステ」20年ぶりの出演が話題!アラフィフで復活を遂げたワケとは?

19年ぶりとなるシングル「流動体について」を引っ提げ、小沢健二が、2017年2月24日の「ミュージックステーションに出演しました。全盛期の小沢健二は、当時流行していた渋谷系ムーブメントの中心的存在。NHK紅白歌合戦にも2年連続で出場するなどしてカリスマ的人気を誇りました。

しかし、突如としてアメリカに活動拠点を移してから、2000年代半ばには、引退状態といっていいほど影を潜めることになります。2010年以降は結婚の話題もあり、コンサートツアーやトーク番組出演など、国内での活動を再開していたようですが、大きくメディアに取り上げられることはありませんでした。

そんな小沢健二が、約20年ぶりの「Mステ」出演で、全盛期に引け劣らないポップなパフォーマンスを見せてくれたことに、かつてのファンは大喜び。番組では「フジロックフェスティバル2017」への出演がサプライズ発表され、一部のCDショップでは、新曲が品切れを起こすなど、完全復活とも言うべき好調ぶりです。

しかし、アラフィフとなり、突如として浦島太郎のように現れた小沢健二。劇的に劣化したという印象はありませんが、若い世代には”渋谷の王子様”と呼ばれるオジサンの復活劇が不思議に映ったに違いありません。小沢健二も、長年の隠居生活で経済的に困窮してきたのでしょうか。

とはいえ、今回の新曲や、「フジロック」で披露される予定の「今夜はブギーバック」は、現代にも通用するきらめきに満ち溢れていますから、若者にも、その魅力が伝わるはず。再び、小沢健二ムーブメントが起きれば、世の中年たちに活力を与えることができそうですね。

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